第8話

一滴攵の波紋
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2021/04/27 08:23
 あなたたちは西棟にたどり着くと、三階の隅の教室に向かった。近づくにつれて幾多の楽器の音色が聞こえてくる。入ってみるとわかるのだが、二部屋をぶち抜いたつくりになっており、外から見たときよりも中は随分と広く感じる。
 室内には譜面台と椅子を用いてヴァイオリン、ギター、ドラムなど楽器を練習する人がそこかしこにいた。入り口から入ってまっすぐ行ったところにはグランドピアノが鎮座しており、その手前に置かれた譜面台に名前を書いて貸し出す形式になっているようだ。入ってから右手にはガラスケースが置いてあって、そこに備品らしい楽器がいくつか並んでいる。貸し出し中のもあるようでぽつぽつと空白がある。教室の奥には大量の譜面台と椅子とが綺麗に積み重ねて置かれていて、自由に使ってよいことになっているらしい。
 あなたと万丈目は部屋の椅子を引っ張り出して部屋の片隅に腰を掛けた。
万丈目準
万丈目準
卒業してからも曲は作ってるのか?
(なまえ)
あなた
う、うん
最近は引っ越しの作業とかあったからあんまり音楽作れてなくて、
まだ完成はしてないんだけど……
万丈目準
万丈目準
見せてくれ
 万丈目に頼まれて、あなたは鞄をごそごそ漁ってUSBを取り出した。受け取った万丈目はノートPCにUSBを差して楽譜とにらめっこする。真剣な表情で読み込んでいたかと思うと、おもむろに抱えていたケースからギターを取り出して音を奏で始めた。
 一気に周囲の音が気にならなくなり、万丈目の楽しげで寂しげなその音色だけが、童謡のような温かさをもってあなたの耳に届いてきた。
MIDIミディで何度も聞いたはずの音源は生演奏にすると音の響きが違っていて、やはりMIDIと生演奏とでは感じかたがかなり違うな、とあなたが感動していると、ふと万丈目が手を止めた。
万丈目準
万丈目準
ここはこっちのほうがいいんじゃないか?
 そう言いながらサビ付近の4小節ほどを爪弾いた万丈目は、アレンジを加えて弾き直す。
 和音だったのが単音になっているだけの違いだが、言われてみればそちらのほうが寂しさがより強調されていいのかもしれない。自分には思いつかなかった解釈だとあなたは素直に感心した。
(なまえ)
あなた
あー、いいわね
そこをそうするんだったら、
逆にその後の単音は和音にして
ギャップを生ませるのもいいのかも
万丈目準
万丈目準
こんな感じか?
(なまえ)
あなた
そう!
そんな感じ!
 あなたの提案を、あっという間に万丈目は形にしてみせる。想像にぴったり重なりあうものをすぐさま持ってこれる手腕はいつもながらさすがとしか言いようがない。
 あなたは万丈目のPCを借りてその場で修正を始めた。ノートパソコンなんてめったに使わないもので、タッチパネルの操作にすこしイライラしてしまう。あなたが作業を始めたのを見た万丈目は、ギター片手に立ち上がった。
万丈目準
万丈目準
じゃあ俺は隅のほうで練習してるから、
書きあがったら教えてくれ
(なまえ)
あなた
うん、ありがとう
 あなたは万丈目が離れていく気配を肌に感じながら生返事をした。
 遠くから最近流行っているポップスのメロディが聞こえてきて、リリースから間もないのにもう弾けるようになったのかとすこし驚いた。
 万丈目は以前から練習の鬼で、20あまりにも及ぶ楽器の数々を学校に持ち込むために高校の頃には専用部屋といって学校に新しい防音室を増設してしまうほどだったが、変わっていないようで安心する。
 修正を終えたあなたは作りかけの続きを作ろうと手掛けたが、閉校の時間になっても思ったより作業は捗らず、完成するのはしばらく先のことになりそうだった。

 なぜいつもの調子がでなかったのだろうか。
 やっぱり十代が傍にいなかったからだろうか。それとも十代と百合とのことが気になっていたからだろうか。メンタルが進捗に直結するようではまだまだだと感じた。
 あなたは鬱々と視線を床に落とし、USBを抜いたPCを万丈目に返す。PCを受け取った万丈目は元気のないあなたの様子に気が付くと、声をかけた。
万丈目準
万丈目準
終わったか?
(なまえ)
あなた
ううん、まだ……
万丈目準
万丈目準
ゆっくり作ればいい、
時間はたっぷりあるしな
 万丈目は自分とあなたのぶんの椅子を片してしまうと、ピアノの上置いてあった部屋の鍵を取って、あなたが教室から出るのを外で待っていた。あなたが出てくると鍵を回して閉めてしまう。見れば、他人に楽器を触れられることを嫌う万丈目は、持ってきたギターケースを元の通り担いでいた。
万丈目準
万丈目準
帰るか
(なまえ)
あなた
そうだね

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