授業が終わり、がらんどうの教室にあなたはぽつねんと佇んでいた。
改めて誰もいないことを確認して、プラスティックのパッケージからぷつりと一錠の薬を捻りだす。手のひらにころんと乗せて、いざ飲もうと口元へ傾ける。
突然名前を呼ばれて、あなたは慌てた。手から錠剤が零れ落ちる。あなたが机の間を縫うように追っかけていた錠剤は、誰かの足元にぶつかって動きを止める。拾おうとぱっと手を閃かせたものの、足の持ち主が錠剤をひょいと拾い上げてしまう。あなたが顔をあげると、そこには万丈目が立っていた。
万丈目に言われてどきりとした。
こんな変な時間に薬を飲んでいるあなたを見て万丈目は何と思っただろうか。頓服を飲んでいる、精神状態の悪い奴だと思われたに違いない。
仮に精神的に不安定な奴だと思われるのは事実だから構わないが、かわいそうな奴だと思われるのは我慢ならなかった。
あなたは痛ましげに歪められた万丈目の顔をキッと睨みつける。
予想外のことを言われてあなたは口を噤んだ。
なんでそんなことを言うのか、なんで万丈目が残念がるのか尋ねたかったが、どれも言葉にならずに、口から零れたのは拗ねた言葉だった。
それが多少なり下心を孕んでいるとしても、万丈目が優しいことはよく知っているし、そんな万丈目のことが好きだ。仲のいい友達の一人として大切にしたいという気持ちはある。
だが今まで恋心を持たずに近づいてくる友達を他に作ってこなかったため、どこまでが『友達』として許される範囲なのかがいまいちよくわからないのだった。
焦りのあまり、声が大きくなっていたことに気が付いたあなたは慌てて口を塞いだ。
空っぽの教室にあなたの声が残響する。
万丈目はにやっと笑うとあなたの脇を小突いた。
不思議とその笑顔に厭な感じはしない。
あなたは万丈目にふっと力の抜けた笑みを返す。
パソコンを起動して万丈目にイヤホンの片方を渡して、もう片方のイヤホンを耳に入れて新曲をクリックすると陰鬱とした曲が流れ始める。あまりの陰鬱っぷりに万丈目が吹き出したのにつられて、あなたも笑い声をあげる。
同じイヤホンを共有しながら談笑する二人。
そんな二人を影から見つめる人影があった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。