第14話

吹く薬
36
2021/05/12 04:21
 授業が終わり、がらんどうの教室にあなたはぽつねんと佇んでいた。
 改めて誰もいないことを確認して、プラスティックのパッケージからぷつりと一錠の薬を捻りだす。手のひらにころんと乗せて、いざ飲もうと口元へ傾ける。
万丈目準
万丈目準
あなたー?
(なまえ)
あなた
あ、わ、わぁ
  突然名前を呼ばれて、あなたは慌てた。手から錠剤が零れ落ちる。あなたが机の間を縫うように追っかけていた錠剤は、誰かの足元にぶつかって動きを止める。拾おうとぱっと手を閃かせたものの、足の持ち主が錠剤をひょいと拾い上げてしまう。あなたが顔をあげると、そこには万丈目が立っていた。
万丈目準
万丈目準
これか?
(なまえ)
あなた
あ、あり、がとう……
万丈目準
万丈目準
薬、飲んでるんだな
 万丈目に言われてどきりとした。
 こんな変な時間に薬を飲んでいるあなたを見て万丈目は何と思っただろうか。頓服とんぷくを飲んでいる、精神状態の悪い奴だと思われたに違いない。
 仮に精神的に不安定な奴だと思われるのは事実だから構わないが、かわいそうな奴だと思われるのは我慢ならなかった。
 あなたは痛ましげに歪められた万丈目の顔をキッと睨みつける。
(なまえ)
あなた
だからなに⁈
万丈目準
万丈目準
いや……なんでもない
俺は無力だな、と思っただけだ
 予想外のことを言われてあなたは口を噤んだ。
 なんでそんなことを言うのか、なんで万丈目が残念がるのか尋ねたかったが、どれも言葉にならずに、口から零れたのは拗ねた言葉だった。
(なまえ)
あなた
べつに……万丈目くんのせいじゃない
万丈目準
万丈目準
悲しいことを言うな
俺だってあなたの力になりたいと思っている気持ちは
十代と同じなんだ、無関係でいたくない
もっと俺を頼ってくれ
(なまえ)
あなた
ありがとう……って言えばいいのかな
 それが多少なり下心を孕んでいるとしても、万丈目が優しいことはよく知っているし、そんな万丈目のことが好きだ。仲のいい友達の一人として大切にしたいという気持ちはある。
 だが今まで恋心を持たずに近づいてくる友達を他に作ってこなかったため、どこまでが『友達』として許される範囲なのかがいまいちよくわからないのだった。
万丈目準
万丈目準
十代となにかあったんだろ?
よかったら話してくれないか?
(なまえ)
あなた
……喧嘩は、してない
万丈目準
万丈目準
それで?
(なまえ)
あなた
百合さんと一緒にいる十代くんが眩しくて
勝手に嫉妬してるだけ
曲すらまともに作れないわたしに
嫉妬する資格なんてないのにね……
万丈目準
万丈目準
曲は作れてるじゃないか
暗かろうが明るかろうが曲は曲だ
そう俺は思う
(なまえ)
あなた
だめなの!
十代くんに聴かせられる曲じゃないと……!
 焦りのあまり、声が大きくなっていたことに気が付いたあなたは慌てて口を塞いだ。
 空っぽの教室にあなたの声が残響する。
万丈目準
万丈目準
100年生きると考えたら
数日、数週間、数か月、数年なんて一瞬だろう
今は暗い曲を作るターンってことでいいんじゃないか?
(なまえ)
あなた
暗い曲を作るターン……
万丈目準
万丈目準
そうだ
今は暗い曲しか作れないかもしれない
だがいつか巡り巡って
明るい曲が作れるターンが来るさ
明けない夜がないようにな
(なまえ)
あなた
そ……っか……
ありがとう、ちょっと気持ちが楽になったかも
万丈目準
万丈目準
気にするな
またいつでも力になるさ
ところで……
 万丈目はにやっと笑うとあなたの脇を小突いた。
 不思議とその笑顔に厭な感じはしない。
(なまえ)
あなた
なに?
万丈目準
万丈目準
作った曲、聴かせてくれよ
十代には無理でも俺だったらいいだろう?
(なまえ)
あなた
いーよ
 あなたは万丈目にふっと力の抜けた笑みを返す。
 パソコンを起動して万丈目にイヤホンの片方を渡して、もう片方のイヤホンを耳に入れて新曲をクリックすると陰鬱とした曲が流れ始める。あまりの陰鬱っぷりに万丈目が吹き出したのにつられて、あなたも笑い声をあげる。
万丈目準
万丈目準
これは……なかなか
(なまえ)
あなた
だよねー!
万丈目準
万丈目準
くくっ……
十代が聴いたらびっくりするだろうな
(なまえ)
あなた
あ、もー! 内緒だからね!
万丈目準
万丈目準
わかってる、わかってるって
 同じイヤホンを共有しながら談笑する二人。
 そんな二人を影から見つめる人影があった。
遊城十代
遊城十代
あなた……?

プリ小説オーディオドラマ