第10話

10*わんこ男子の朝ごはん(3)
63
2022/04/02 15:00

風早のおすすめということで、

やってきたお好み焼き屋は、東京球団のファングッズが大量に飾られている賑やかなお店だった。

球場に近いという場所柄もあるのだろうが、古くから野球ファンに贔屓にされているようで、

店主も含め、東京球団の鮮やかなターコイズグリーンのユニフォームを身につけている。

テレビでは野球中継が流れ、テレビ越しに応援をする客がいたりと、なんとも元気溢れる雰囲気だ。





掘り炬燵コタツのある畳み席で、

なぜか風早は、自分の座布団をこちらのスペースを奪う勢いで近づけてくる。

わざわざ肩が触れそうなほどそばに寄ろうとするので、

半周して結衣の隣に座ると、泣きそうな顔をこちらへと向けた。



風早 大我カゼハヤ タイガ
僕のおすすめは、鉄板の豚玉! これ一択です!
前園 結衣マエゾノ ユイ
えー。色々食べたくない?
チーズ餅明太とかよくない?
風早 大我カゼハヤ タイガ
ここに来たら、これって決めてるんで!
絶対これがいいです!
あなた
じゃあ私もそれで
前園 結衣マエゾノ ユイ
なんでみんな一緒なわけ?
ネギげそこんにゃくとかさー、気になるよね?
あなた
郷に入っては郷に従えだよ?
前園 結衣マエゾノ ユイ
うーん。じゃあシェアしよ?
結局、結衣と半分シェアすることで、注文が決まった。

びっしりと水滴がついた冷えたビールが届き、早速グラスを掲げる。
前園 結衣マエゾノ ユイ
私の指と、あなたの名字を救ってくれてありがとー!
風早 大我カゼハヤ タイガ
前園さんの指は救ってません。
僕が救ったのは、あなたの名字さんの未来です!
あなた
はいはい。
どうもありがとうございました
ビールに口をつけながら、風早を見る。

まだ濡れているのか、いつもふわふわの髪は、今は大人しく毛先を下ろしている。

それに、先ほど、

会社の洗面所で悪戦苦闘したせいで、ずぶ濡れになってしまったため、

廃棄される予定だったサンプル品を身につけていた。


いつもはスポーティーなスタイルの風早だが、

タータンチェックのストレートパンツに、

くすみパープルのバンドカラーシャツという出立ちのせいもあって、綺麗めの好青年な印象だ。


あなた
(まあ、髪の色は、相変わらず金色だけど)
前園 結衣マエゾノ ユイ
風早はなんなの?
直属の上司を差し置いて、なんで
あなたの名字に媚びてるわけ?
風早 大我カゼハヤ タイガ
それは……
あなた
(な、なに言い出す気?)
風早 大我カゼハヤ タイガ
近い将来、僕の服を着てもらうからです!
前園 結衣マエゾノ ユイ
えー?
あなたの名字と付き合いたい、
とか思ってんじゃないの?
風早 大我カゼハヤ タイガ
あ、いや、
それは……ですね
前園 結衣マエゾノ ユイ
正直に言っちゃえー。
そして盛大に振られればいい
あなた
結衣、そういうのセクハラになるよ?
前園 結衣マエゾノ ユイ
はい?
私セクハラしました?
風早 大我カゼハヤ タイガ
してません!
全然、されてません!
前園 結衣マエゾノ ユイ
よし!
じゃあ、ビールのおかわり頼む!
風早 大我カゼハヤ タイガ
御意です!
あなた
(躾けられてるし……)

結局、

結衣はペロリと豚玉を2枚に、変わり種までもを腹に押し込んで、

もう食べられないと息巻いたあと、すやあと、寝息を立て始めた。

小一時間ほど、彼女の寝言を聞いて、目覚めたタイミングで、タクシーへと乗せる。

ちょっと元気になったのか、彼女は私と風早に両手を振って、さよならの挨拶を返してくれた。


前園 結衣マエゾノ ユイ
じゃー! また明日ね!
あなた
ちゃんとベッドで寝るんだよー
タクシー乗り場から離れ、駅へと向かおうと、踵を返す。
あなた
じゃあ、私は電車なので、ここで
風早 大我カゼハヤ タイガ
あなたの名字さん
あなた
あ、風早さんは、どっち方面?
会社がある駅とは異なる駅なので、

彼の帰るルートも一緒に調べてしまった方がいいだろう、とスマホの検索サイトを開いた。

スマホに顔を落とす私の隣に彼が並ぶ。


風早 大我カゼハヤ タイガ
もう少しだけ、一緒にいられませんか?
あなた
……
風早 大我カゼハヤ タイガ
その……、
描いたデザイン画、見て欲しいんです。けど
あなた
あー。
私は、素人だから、結衣の方が……
風早 大我カゼハヤ タイガ
あなたの名字さんに見て欲しいんです!
だから、その、僕の家、来ませんか?
あなた
(やんわりと断ってるんだけどな……)
結衣の後輩の子の家に、お邪魔する理由はなにもない。

断ってしまえば、それでいいわけで、

誰かの耳に入るリスクもないわけで、

——でも、

ちょっとだけ、この金髪の青年が食べる朝ごはんに興味があったりする。
あなた
朝ごはん、いつもなに食べてるの?
風早 大我カゼハヤ タイガ
えっと、米です?
あなた
ふーん、そっか……
ちょうど通り過ぎようとしていたタクシーを停める。

乗り込んで、風早を手招きした。

彼は、返事に困った犬のように、首を傾げている。

あなた
乗らないの?
風早 大我カゼハヤ タイガ
え?え?え?
あなた
君の家の住所、
教えてくれないと、わからないよ?
風早 大我カゼハヤ タイガ
の、の、乗ります! 乗りまーす!


風早が住むのは、日暮里にある瓦屋根の昭和な空気が漂う長屋だった。

元は民宿だという名残からか広々とした1階の集合玄関が出迎えた。

靴を脱ぎ、1人通るのが精一杯な狭い階段へと。
今にも穴が開きそうなほどに軋む音をさせる階段を上がる。

浅葱色の砂壁には木の扉がついており、

扉の中央に部屋番号の数字が刻まれている。

思った以上のレトロ感に、楽しくなってしまい興味深く観察してしまう。

あなた
すごいね、昭和の文豪が住んでいる家みたい
風早 大我カゼハヤ タイガ
すみません古くて
と、肩をすくめる。
あなた
ううん、趣きがあって、いいと思う
風早 大我カゼハヤ タイガ
そう言ってもらえると、ありがたいっす
あなた
ただ……壁は薄いね
隣の部屋との壁は、襖一枚程度の厚みしかないだろう。

木の板の防音効果がどれほどのものかわからないけれど、

深夜遅くに風早が喋っていれば、相当騒音ではないだろうか?
風早 大我カゼハヤ タイガ
それは……努力します
木の扉を開けると、玄関というには狭すぎる空間と簡易のキッチンがすぐ脇に見えた。

磨りガラスの引き戸の先は畳の6畳間。

そこには、ベッドとトルソー。

ハンガーラックには、切りっぱなしの布が暖簾のようにぶら下がっている。

床に散らばる服をかき集めながら、風早は私のために道を作る。


風早 大我カゼハヤ タイガ
すみません!
すぐ片付けますんで!
あなた
お邪魔します……
大慌てで部屋の片付けを進める風早を横目に見つつ、部屋の中を眺めた。

砂壁にはファッション雑誌の切り抜きや、デザイン画がいくつか貼られている。

壁に面して並べられたプラスティックの衣装ケースの引き出しからはみ出るほどに、

布地やレーステープなどといったものが詰め込まれていて、

窓辺には、業務用のミシンが一台鎮座していた。

あなた
ちゃんと、デザイナーしてるんだ……
ただの口説き文句で、デザイナーを語っているのかと思いきや、

案外、しっかり目指していることを知り、感心する。


風早 大我カゼハヤ タイガ
お待たせしました!
と、私の元へと戻ってきた彼は、腕を掴んで部屋の中へと誘う。

ベッドに腰掛けると、隣に座れとばかりに、満面の笑みで、私が座ることを待っている。

意地悪するのも可哀想なので、大人しく彼の隣に座ると、大きなスケッチブックを差し出された。

風早 大我カゼハヤ タイガ
僕のデザイン、
見てもらってもいいですか?
キラキラとした瞳の風早に、実は下心ないのかもなんて、拍子抜けする。

それもまあ、たまにはいいか、と、スケッチブックを開いた。

あなた
すごい……
専門上がりのデザイン画なんて、と思っていたら、

想像以上の出来栄えに驚いた。

どれもデザインにこだわりがあり、エッジが効いているものなのに、

女性的な柔らかな色合いの服が多い。

ブルベ用、イエベ用に色合いを変えた服などもあって、ユニークだ。
風早 大我カゼハヤ タイガ
どう……です?
心配げに彼は尋ねる。

正直に褒めるべきか、それとも何か一つぐらい指摘するべきか……
あなた
私は素人だから、
デザインについてはよくわからないよ
あなた
けれど、こういう服がもし店頭にあったら、
着てみたいって、思う
そう告げると、彼の顔がぱあっと晴れる。

風早 大我カゼハヤ タイガ
よかったぁああ!
風早 大我カゼハヤ タイガ
なんて言われるか、緊張したぁ!
あなた
早く採用されるといいね
風早 大我カゼハヤ タイガ
はい! 来年の秋冬物までには、
いえ、春夏物には! 絶対!
あなた
(そんなに甘くはないと思うけど……)
風早 大我カゼハヤ タイガ
だから、結婚して辞めたりしないでくださいね?
あなた
はいはい。
わかりました
結婚して欲しくなかったのは、そういうことか。

見た目と違って、実は純粋な青年なのかもしれない。

あなた
(って、
私が汚れ切ってるだけか)
そんなことを考えていると、左手に風早の手が重なった。

プリ小説オーディオドラマ