第7話

7*3B彼の朝ごはん(4)
82
2022/04/29 11:42

一条 悠真イチジョウ ユウマ
ごめん、お待たせ
と、私を抱き上げる。

化粧室の扉を開けると、すでに店内のBGMは消えていた。

代わりに、天井で回るファンが風を切る音だけが店内に響いている。



カップル向け個室ブースの一つに降ろされた。

そこは天井が低いキューブ型の箱のようなブースで、毛足の長い絨毯の上には

クッションがいくつも置かれており、さながら小さな部屋のような空間だ。


ふわふわの絨毯の上に横たわる。

悠真はクッションを一つ掴むと、私の頭の下に差し入れた。

薄暗いブースの中は程良く暖かくて、すぐに眠りにつけそうだ。

一条 悠真イチジョウ ユウマ
もう店は閉めてあるから、
ゆっくりここ使っていいよ
あなた
すみません。ご迷惑かけて
その言葉に悠真は首を振る。
一つに結んだ栗色の後ろ髪が、サラリと揺れた。
一条 悠真イチジョウ ユウマ
さっきの客ね、
あなたの下の名前ちゃんの飲み物に、持参した強い酒を入れたんだ
あなた
え?
一条 悠真イチジョウ ユウマ
さっき問いただしたら、
吐いたから
突然、眠くなった理由を知り、納得する。

あなた
そうだったんですか
一条 悠真イチジョウ ユウマ
あの男たちは出禁にしたから
一条 悠真イチジョウ ユウマ
嫌な思いさせてごめんね
あなた
いえ……
私があの席に行かなければよかったことなので
一条 悠真イチジョウ ユウマ
あなたの下の名前ちゃん……それは違うよ
一条 悠真イチジョウ ユウマ
君には非がないんだから、
自分を責めないで
あなた
……はい、悠真さんがそう言うなら
悠真に笑いかけると、彼もくしゃっと目を細めて笑った。
一条 悠真イチジョウ ユウマ
あなたの下の名前ちゃん……
ふっと目の前に影が生まれ、悠真の唇が降りてきた。

タバコの香りのするキスは、ほんの一瞬だけ触れて、すぐに離れていった。

一条 悠真イチジョウ ユウマ
……ごめん
私から離れようとする悠真のシャツの裾をツンと引く。

彼は戸惑ったように、こちらへ視線を落とした。
あなた
悠真さん……ひとりにしないで
ブースの床がギシリと鈍い音を立てる。

頭の下にあったクッションは押し潰れ、

悠真からのキスの嵐を受け入れるための支えとなっていた。
微睡んだ感覚の中で、ただはっきりと輪郭を持つのは、悠真の唇で、

差し込まれる舌は、獰猛な獣のように私の中を荒々しく乱してゆく。


普段、物腰し柔らかい男のはずなのに、

こんなにもオスな面を持っていたことなど気づかなかった。

あなた
……ゆ…ま…さ
一条 悠真イチジョウ ユウマ
あなたの下の名前ちゃんは、……甘いね
眠りに落ちそうな頭の片隅で彼を味わいながら、幸せな夢を見る。

それは、リアルなのか、夢なのか、わからない。

けれど、

お腹いっぱいに満たされた私は彼に告げるのだ。
あなた
美味しいご飯をありがとう
って。




いつのまにか背中にかけられた毛布を胸まで引き上げて身体を起こす。

店内の空調が消えているのか、少し肌寒い。

私の隣には、寝息を立てる悠真がいる。

長い髪は今は肩先で泳いでいて、その艶やかな髪に触れたくて手を伸ばした。

突然、パシっと腕を掴まれ、
あなた
きゃ
と悲鳴をあげる。
一条 悠真イチジョウ ユウマ
……あなたの下の名前ちゃん?
あなた
そうですよ?
返事をして、悠真の顔を見下ろすと、彼は瞼を擦って、こちらへと視線を持ち上げる。

一条 悠真イチジョウ ユウマ
やっぱり、あなたの下の名前ちゃんだ
あなた
どうしたんですか?
さっきから、私はここにいますよ?
毛布を身体へと巻き付けて、彼の隣に寝転がる。

彼の頬に鼻先を近づけると、引き締まった腕が伸びてきて、優しく私を抱きしめた。

彼の腕の中で猫のように丸くなる。
一条 悠真イチジョウ ユウマ
夢かと思ったから……
あなた
夢だと思うなら、
もう一回しますか?
一条 悠真イチジョウ ユウマ
それ……
心臓に悪い……
一条 悠真イチジョウ ユウマ
……でも
と、身体を起こすと、私の上にのし掛かった。

両手を絡め取られてしまい、彼を見上げるほかなくなってしまう。
一条 悠真イチジョウ ユウマ
酔ってないあなたの下の名前を抱きたい……
彼の真剣な眼差しを受け取り、こくりと、ひとつ頷いた。



身支度を整え、

イヤリングをつけながら、バックヤードにいる悠真に声をかけた。
あなた
悠真さん、そろそろ会社に行かなくちゃ
一条 悠真イチジョウ ユウマ
待って、これよかったら食べていって
口の広いスープカップに入れられた赤いスープを、差し出された。

一条 悠真イチジョウ ユウマ
昨夜の賄いなんだけどさ、
二日酔いには効果てきめんだから
あなた
じゃあ、お言葉に甘えようかな
湯気をあげるマグカップの中には、

煮込まれたトマトにもち麦、

ズッキーニと大根、人参にブロッコリーが浮かんでいる。

野菜は全てダイス状にカットされており、ゼリー寄せのようにカラフルだ。


あなた
いただきます
具沢山なスープは、

トマトの酸味の奥にコンソメがしっかりと効いている。

柔く咀嚼するだけで、ほろほろと崩れる野菜に、

もち麦のプチプチとした食感がいいアクセントとなっていた。

これは、お酒で疲れた胃に染みしみなスープである。



あなた
なんだか、悠真さんみたいなスープですね
一条 悠真イチジョウ ユウマ
え?  俺?
あなた
繊細で、すごく優しくて、
心の奥まであったかくしてくれる
あなた
ね?
悠真さんっぽいですよね
一条 悠真イチジョウ ユウマ
俺って、
あなたの下の名前ちゃんの中で、そんなイメージ?
あなた
はい。
優しさで溢れてます
一条 悠真イチジョウ ユウマ
じゃあ……、これ足してみよっか?
あなた
と、悠真がスパイスラックから取り出したのは、ガラムマサラだ。

一条 悠真イチジョウ ユウマ
入れてみる?
あなた
じゃぁ……、
悠真に誘われるまま、スープカップを差し出す。

スパイスの蓋を開けると、ガラムマサラのツンとした刺激臭が鼻先をくすぐった。

スープに2、3振りするだけで、突然、インドの空気へと変わる。

口の中へとスプーンを差し入れると、途端にスパイスの香りが、口中に拡がった。

辛味の刺激とハーブの香りが混ざると、トマトの甘みが際立って感じられる。

あなた
(何これ、一気に男っぽさが増した!)
優しいだけじゃない、男らしいガツンとくる味に変化して、

スープを口へと運ぶ手が止まらない。

あなた
(これだけで、オスみが、増すとは、
ガラムマサラ、侮っててごめんなさい)
一条 悠真イチジョウ ユウマ
あなたの下の名前ちゃんは、こっちも好きそうだね
あなた
はい。
でもやっぱり、このスープは悠真さんです
一条 悠真イチジョウ ユウマ
え?
あなた
だって、優しいだけじゃない
力強い悠真さんも好きなので
あなた
どちらも美味しかったです
一条 悠真イチジョウ ユウマ
なら、いっか……
あなた
美味しい朝食をありがとう
そして、

美味しい、彼朝ごはん、ご馳走様でした。

プリ小説オーディオドラマ