第11話

11*わんこ男子の朝ごはん(4)
69
2022/04/03 15:00



風早の指が、私の左手の薬指をキュッと握りしめる。
風早 大我カゼハヤ タイガ
どうしてプロポ受けなかったんですか?
と、真っ直ぐな質問を投げかけた。
あなた
……
風早 大我カゼハヤ タイガ
あんな指輪見たら、相手が本気ってことぐらい
僕だってわかりますよ
風早 大我カゼハヤ タイガ
それなのに断るってどうしてですか?
結婚を断る理由を問うその瞳は、磨いた氷の塊のように透明で、

風早にどんな言葉をあげればいいのか思い悩む。
あなた
私のせいなの——




——私の両親は恋愛結婚だった。



良家の娘だった母は、婚約者がいるにも関わらず、

ならず者の父との愛を選び、2人は駆け落ち同然で結婚した。

結婚当時は、親からの援助を受けられず、逼迫した日々を送っていたが、

それでも仲睦まじく、愛がある生活を送っていたという。



けれども月日が経ち、私が生まれた頃には、父はもう母を愛してはいなかった。

父は愛人を作り、帰らない日々が続いた。

それでも母は信じていた、いつかは父が戻ってくると。



——しかし父は、母と私を捨てて、愛人との生活を選んだ。




愛する人に捨てられた母は、徐々に病んでいった。

人を深く愛した故の苦しみを、誰も救うことはできず、

私が13歳の冬、父への恨みの言葉を残し、夜の海に身を投げた。




——これは、愛を信じた女が引き起こした悲劇だ。


たった1人の男を盲信して愛したから、

一生、愛が続くと信じたから、壊れてしまったそんな女の悲劇。




あなた
そんな母の娘だから
あなた
いつか美しさが衰えた時
愛想尽かされて捨てられるの
それはきっと呪い。

死んでもなお、娘をがんじがらめにする、愛に殺された女の呪いだ。


「あなたは愛されない。いつか孤独になるんだから、お母さんだけ愛していればいいの」

そう何度も耳元で母は囁く。


風早は私の語る言葉に耳を傾け、真剣な表情でこちらを見つめている。

そんな彼を見て、やはり話さなければよかったと、後悔が込み上げた。
風早 大我カゼハヤ タイガ
……しないですよ
あなた
え?
風早 大我カゼハヤ タイガ
愛想尽かしたりしないですよ!
一生、愛しますよ!
風早 大我カゼハヤ タイガ
……って、きっと彼氏さん、は、
あなたの名字さんのこと思ってるはずです
風早 大我カゼハヤ タイガ
てゆうかもし、僕だったら、
一生一緒にいて欲しいって逆プロポされるぐらいに
風早 大我カゼハヤ タイガ
めちゃくちゃ惚れさせますけどね!
あなた
ふうん。
風早さんの手腕、見てみたいな
風早 大我カゼハヤ タイガ
え⁈
あなた
私を口説く勇気、ある?
風早 大我カゼハヤ タイガ
そ、それは、口説いてほしいってことで?
え、と、ど、どういう、意味で、その
ペンギンのように両手をパタパタとさせて慌て始めた風早を見て、くすくすと笑う。

あなた
冗談だよ。
さっきの話もドラマのネタだし
風早 大我カゼハヤ タイガ
ど、ドラマ?
あなた
信じたの? 素直だなぁ
風早 大我カゼハヤ タイガ
そんな!
めちゃくちゃ真面目に考えちゃったじゃないですか!
風早 大我カゼハヤ タイガ
じゃあ、あなたの名字さんは、
彼氏さんのこと愛してるんですよね?
愛してるけど、一緒になれないんですよね?
真っ直ぐな視線を、向ける。

どこかの映画みたいに、愛する2人を引き裂くような理由があるんだと信じてる。


自分の望む答えが戻ってくることを心の底から信じられるなんて、

きっと、この子の世界は眩いものばかりなんだろう。


だから私はカメレオンみたいに、彼の望む答えを告げる。
あなた
うん。愛してるよ


炊き立てのご飯の香りがする。

コトコトと鍋の蓋が踊り、

トントンという包丁のリズミカルな音が届く。

キッチンからの幸福な音色に堪らず、枕から頭を持ち上げた。

あなた
おはよう
絶対に手を出さないからと念を押す風早の誘いを受けて、一泊泊まらせてもらった。

風早を信じたというよりも、彼の作る朝ごはんが食べたかったのだ。


金髪青年が、どんな朝食を作っているのか気になって、背後から覗き込む。

すると、私の視界を隠すように立ち塞がった。

風早 大我カゼハヤ タイガ
もう少ししたらできるんで、
あなたの名字さんは待っててください!
あなた
……じゃあ、シャワー借りるね
料理しているところを見られたくないようなので、

先にシャワーを浴びることにする。



キッチン脇にある風呂場は、

脱衣所といった場所はなく、扉を開ければすぐにユニットバスが現れる。

仕方なしに、キッチン脇の狭い場所で就寝用に借りたTシャツを脱いだ。
すると風早が鍋の蓋を足の上にでも落としたのか、

悲鳴をあげてバタバタと足踏みをしだした。

風早へと顔を向けると、しまったと言わんばかりの形相をさせる。
あなた
今日は、こっそり見るんだ
風早 大我カゼハヤ タイガ
あっ、いや、それは流石に
裸は見たらいけないかなって
あなた
そうだよね。
わかった
Tシャツをもう一度着て、ユニットバスの扉を閉めると、
風早 大我カゼハヤ タイガ
あ、ああー!
と、なんとも残念そうな叫びが、扉越しに聞こえてきた。


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