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第14話

14*彼朝ごはん(後編) END
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2022/04/06 15:00


空港の出発ゲートへと到着する。

フライトの時間よりも充分と早い時間に、待ち合わせのゲートへとたどり着いた。

今日こそは私が待つ番だと思ったのに、やっぱり彼は先にいた。
私へと振り向く保の顔が、安堵の表情へと変わる。

途端に、胸の奥がズキンと痛んだ。


滋野井 保シゲノイ タモツ
あなたの下の名前、来てくれたんだ
あなた
保さん……
滋野井 保シゲノイ タモツ
返事、聞かせてくれるんだよね?
あなた
これ……お返しします
と、指輪の箱を差し出した。

彼は、私の手に握られた箱を見つめたまま項垂ウナダれる。
滋野井 保シゲノイ タモツ
あなたの下の名前……
あなた
これは、受け取れません
滋野井 保シゲノイ タモツ
どうして?
あなた
保さんのこと、大好きです
滋野井 保シゲノイ タモツ
だったら……
あなた
(そばに居てほしい、
ずっと私と一緒に未来を見てほしい)
あなた
でも、一緒にいられないんです
あなた
(私の手を離さないで、
ずっと繋いでて……)
滋野井 保シゲノイ タモツ
そんな……
あなた
……ごめんなさい
だから……
あなた
(どこにも行かないで)
あなた
ここで、さよならします
滋野井 保シゲノイ タモツ
ずっと、思ってたんだ……
滋野井 保シゲノイ タモツ
君の心の中に俺じゃない誰かがいるって
あなた
……
滋野井 保シゲノイ タモツ
俺は、それでもいいから一緒にいて欲しかった
滋野井 保シゲノイ タモツ
あなたの下の名前……
本気で愛してたよ
滋野井 保シゲノイ タモツ
君に言った言葉は、全て心の底からの想いだから
保が私を抱きしめる。

きっとこれが最後のハグになるんだろう。もう2度とこの温もりを味わうことはない。
あなた
保さん……私のこと、
愛してくれてありがとう……




彼の居なくなった出発ゲート。

電子掲示板の表示が変わり、彼がこの地から飛び立ったことを知らせた。


さよならをした指先が震え始める。

抑え込んでいた激情が、雪崩のようにやってきて堪えきれずに嗚咽を漏らした。

あなた
……うっ
——ずっとそばにいたかった。


彼のそばで迎える朝が、どれほど幸せだったか。

彼の作る朝ごはんが、彼の笑顔が、全てが私の心を満たしてくれた。

この幸せが永遠に続くことを願っていたのに、その手を離してしまった。



離さなくちゃならなかった。

愛で壊れたあの人を孤独にはさせられないから。

母の娘である私が、幸せになんてなれないんだから。
あなた
うぅ、…  保……さ…
溢れ出る涙も、嗚咽をあげる声も、抑えられずにその場にクズオれて泣いた。



そんな私は、誰が見ても醜い女だろう。

愛を失った女は、みんな同じだ。

誰もが私から距離を取る。

そう、父に捨てられた母のように、醜くく汚れてる。


風早 大我カゼハヤ タイガ
やっぱ、泣いてたんすね
あなた
風早……さん?
隣にしゃがみ込む風早に驚いていると、頭を抱かれた。その胸に顔を埋める。
風早 大我カゼハヤ タイガ
僕にくっついてください。
そんな可愛い泣き顔、誰にも見せたくないんで
あなた
可愛く……
なんか、ないよ……
風早 大我カゼハヤ タイガ
可愛いんです。
あなたの名字さんの全部が最高なんで!
あなた
……なに、それ……
風早 大我カゼハヤ タイガ
ほら、泣いてください!
僕のトレーナー吸収力抜群なんで
たくさん泣いて大丈夫ですからね!
彼の胸の中、鼓動の音を聴く。

走ってきたのだろうか、彼の鼓動は早鐘を打っている。

涙は止まったけれど、

その胸に、もうしばらくだけ、甘えさせてください。




潮風が生ぬるい。

灰色の砂を踏みながら、夕陽を水面に映して揺れる海を眺めた。


太陽は赤い光を放ち、私たちの身体を同じ色に染めている。

これから落ちゆく太陽は、明日はまた違う色で私たちを照らすんだろう。
私のペースに合わせて、ゆっくりと砂浜を歩いている風早に声を掛ける。
あなた
連れてきてくれて、ありがと
風早 大我カゼハヤ タイガ
これぐらい、バイクならすぐですから!
風早 大我カゼハヤ タイガ
それに、あなたの名字さんのバックハグ、
めちゃくちゃ気持ちいいし
潮風のせいで、風早の声が流れていってしまった。
あなた
なに? 聞こえなかった!
と、泳ぐ髪を抑えながら尋ねる。
風早 大我カゼハヤ タイガ
なんでもありませーん!
という返事が戻った。


人が腰掛けられそうなほどに大きな流木を見つけて腰掛ける。

彼も座ると途端にぐらりと流木が動く。

シーソーのように揺れる流木の様子に、2人でくすりと笑った。
風早 大我カゼハヤ タイガ
あなたの名字さんはどうしてアパレルに入ったんですか?
あなた
学生時代に読モしてて、
その時に声かけてくれたのが、社長だったの
あなた
で、そのまま就職しちゃった
風早 大我カゼハヤ タイガ
うわー。コネ入社かよ!
あなた
コネも実力のうちでしょ?
風早 大我カゼハヤ タイガ
ずりいー。
けどなにも言い返す言葉が見つからない!
あなた
君は? 
どうしてデザイナーになりたかったの?
風早 大我カゼハヤ タイガ
えーっと
1、モテたかった
あなた
正直だね
風早 大我カゼハヤ タイガ
2、可愛い女の子が多い職場が良かった
あなた
ふうん……
風早 大我カゼハヤ タイガ
3、理想の彼女に着て欲しい服を作りたかった
風早 大我カゼハヤ タイガ
で、理想の彼女は、あなたの名字さんなんで!
風早 大我カゼハヤ タイガ
だから、あなたの名字さんに着て欲しいんです!
あなた
君は、どこまでも真っ直ぐだね……
その告白は、ふわふわの綿菓子みたいに甘くてすぐ溶けてしまう。

まるで彼の金色の髪みたいだ。
風早 大我カゼハヤ タイガ
そうじゃなかったら、
元彼に勝てるとこ、どこもないっすから
あなた
恋愛は、勝ち負けじゃないでしょ?
風早 大我カゼハヤ タイガ
でも僕は、勝ち取りたいです!
あなたの名字さんを!
あなた
もう、その口を閉じなさい
あなた
君と話してたら、頭痛くなってきた……
あなた
お腹も空いてきたとこだし、
そろそろ帰ろうか?
流木から立ち上がり、バイクを停めた駐車場へと向かう。
風早 大我カゼハヤ タイガ
なに食べます?
検索しますよ
あなた
検索するんだ……
風早 大我カゼハヤ タイガ
なんか変ですか?
あなた
私が食べたいのはね
あなた
君の家の朝ごはん。だよ
風早 大我カゼハヤ タイガ
まさか……
朝からなにも食べてなかったんですか?
あなた
……もう知らない
風早 大我カゼハヤ タイガ
違うんですか?
うちの実家とかですか?
実家は、バイクじゃちょっと……


—— 食べたいのは、美味しい彼との朝ごはん。


きっと彼は、その意味に気づいてないんだろうけれど、

でもいつか、食べさせてね。



そして言わせてください。


「美味しい彼と、朝ごはん、ご馳走様でした」 と。






(END)

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