第13話

13*彼朝ごはん(前編)
62
2022/04/05 15:00


—— 朝、

目が覚めたら、お風呂場へと向かう。蛇口を捻り、まだ生ぬるい湯の出る空のバスタブへ。

バスタブの中で両脚を放り出して、夢現ゆめうつつなまま、ぼんやりと空を見上げる。

湯が、じわじわと足先を上って行く感覚は、何者かが私の身体に舌を這わせているかのように官能的だ。

徐々にその身が浸かり、身体の芯までもが湯と同じ温度になると、リセットの合図が鳴る。


機械音
お風呂が沸きました
無機質なその声が、新しい私へ変わる朝の目覚めの音だ。









身支度をすまして、朝食の準備をする。

頭を取った煮干しを水を入れた鍋に落とし、湯が沸々としてきたところで鰹節を。

鍋の火を止めている間に、昨夜買ったカブを切る。

薄くスライスした蕪に塩を振り、よく揉み込んで余計な水気をしっかり切る。

市販の塩昆布を混ぜ、重石を置いてしばらく漬けておく。

その間に、

長ネギをぶつ切りに、鳥のささみも削ぎ切りにして、

味醂を混ぜた甘めの麹味噌を塗ってグリルへと。

出汁を取っていた鍋をザルに開けて、出汁だけをとり出す。

そこに赤味噌とお麩を足して、味噌汁にする。

出汁に使った煮干しと鰹節は、炒って胡麻油と醤油で味付けすれば、ふりかけになる。

焼き上がったネギとささみの味噌焼きを平皿に盛り、蕪の浅漬けと煮干しのふりかけを小鉢へ移す。

炊飯器で寝かせた玄米と黒米のご飯を茶碗によそい、ダイニングテーブルへと。

あなた
あとは……
あなた
いけないお箸忘れた
箸を二膳取り、私の席と、その前のトレイへと置く。

準備が整い、両手を合わせた。

あなた
——今朝のお味噌汁はね、赤味噌にしてみたんだ
あなた
この前食べたら、とっても美味しかったから
気に入ってもらえるといいんだけど
あなた
それとね、今日、
保さんとお別れしてくるよ
あなた
大丈夫、ちゃんとサヨナラ出来るから
あなた
裏切ったりしない
あなた
1人にしないよ
あなた
……。
いただきます



——今日も誰かが噂している。


男子1
「極み喰い」のサイトのCEOが自社株全売却だって
男子2
まじか! あそこの口コミサイト
実は、売り上げやばかったとか?
男子1
さあ、ただライバル社に譲渡するって話だから
今後、どうなるんだろうな


半休をいただき、保の待つ羽田空港へと向かう。

会社のロビーでダンボールを抱えた風早とすれ違った。

風早 大我カゼハヤ タイガ
あなたの名字さん!
あなたの名字さーん!
積み重ねられた段ボールを揺らしながら、こちらへと近づいてくる。

うまくバランスが取れているのか、崩れずにいる段ボールについ拍手を送りかける。
風早 大我カゼハヤ タイガ
もう帰りですか?
あなた
ああ、うん
風早 大我カゼハヤ タイガ
もし時間あったら飯行きません?
僕、まだ昼、食ってなくて!
あなた
ごめん、
このあと用があって……
風早 大我カゼハヤ タイガ
えええー。……残念です
見るからにしゅんと肩を落とす風早に、

何か声をかけたいと思うのだが、言葉が見つけられない。
あなた
羽田空港に行くの
風早 大我カゼハヤ タイガ
え?
あなた
指輪を返しに
風早 大我カゼハヤ タイガ
あっ。ああ……用って
彼氏さんでしたか
あなた
うん、やっぱり知らない土地に行くなんて
怖くて、私には無理だから
風早 大我カゼハヤ タイガ
そんなもんですか
あなた
え?
風早 大我カゼハヤ タイガ
一緒にいたいって気持ちが、
知らない土地が怖いっていう理由に負けちゃうぐらい
あなたの名字さんの愛って軽いんですか?
風早 大我カゼハヤ タイガ
あなたの名字さんの運命の相手でも、それ言うんですか?
清岡 一郎キヨオカ イチロウ
風早ー!
なにサボってんだ!
風早 大我カゼハヤ タイガ
あ、やべ!
風早 大我カゼハヤ タイガ
すみません!
じゃあまた!
風早はエレベーターホールへと駆けて行った。

取り残された私は、彼の言葉をもう一度、噛み締めた。

彼に放った言い訳は、風早の欲しい答えではなかったようだ。


出すカードを見誤るなんて、私らしくない。
あなた
運命の相手……か、
——もしいるのなら、お願いだからどうか、現れないでください。




——デザイン部 会議室

開け放たれた扉の奥に向かい、声を張り上げる。
風早 大我カゼハヤ タイガ
すみません!
遅れました!
前園 結衣マエゾノ ユイ
おっそい!
ちゃっちゃと箱から出す!
段ボールの中から、押し込まれた修正サンプル品を取り出しラックに並べていく。

前園 結衣マエゾノ ユイ
よし、初めよっか
風早 大我カゼハヤ タイガ
ええっ! まだ昼めしが……
前園 結衣マエゾノ ユイ
これでも食っとけ
と、都こんぶの箱を渡された。

これでは流石に腹は満たされない。

仕方なしに、前園の隣で作業を手伝う。

前見頃のレースの縫製ラインを丹念にチェックする彼女のそばへと近づいた。
風早 大我カゼハヤ タイガ
そういえば、さっきあなたの名字さんと会いました
前園 結衣マエゾノ ユイ
ふーん
風早 大我カゼハヤ タイガ
彼氏に指輪返してくるって、
レンタルDVD返しにいくみたいなノリで言われました
前園 結衣マエゾノ ユイ
あー、DVDかぁ。
山が過ぎたらゆっくりドラマとか観たいよね
前園 結衣マエゾノ ユイ
愛憎渦巻くどろどろのやつとか、
人間の汚い部分が描かれたドラマとか一気見したいわ
風早 大我カゼハヤ タイガ
そういえば、
タイトル聞かなかったんですけど
風早 大我カゼハヤ タイガ
家族を捨てて愛人の元に走った男を怨んだ挙句、
自殺した女のドラマってのが、あるらしいですよ
前園 結衣マエゾノ ユイ
それ、まんまあなたの名字の親の話じゃん
風早 大我カゼハヤ タイガ
えっ……どういうことですか?
前園 結衣マエゾノ ユイ
あなたの名字の母親、いわゆる毒親でさ、あなたの名字のせいで、
自分は夫に捨てられたって、散々暴力振るってたんだよね
前園 結衣マエゾノ ユイ
飯も、まともに食わせてもらってなくてさ、
近所の寺の住職が、朝ごはん食べに来なさいって声かけてなかったら
前園 結衣マエゾノ ユイ
あの子、餓死してたかもね
風早 大我カゼハヤ タイガ
な、なんでそんなこと前園さんが知ってるんですか?
前園 結衣マエゾノ ユイ
 だってその寺ってあたしの実家だし?
風早 大我カゼハヤ タイガ
実家……?
前園 結衣マエゾノ ユイ
だから知ってんだよね……
前園 結衣マエゾノ ユイ
あの子の母親が狂って自殺するまで
ずっとそばにいたことも、
前園 結衣マエゾノ ユイ
毒親だろうと、親は親だからって、
愛っていう楔のせいで逃げらんなかったことも
前園 結衣マエゾノ ユイ
人一倍、愛情に飢えてるのに、
いざ幸せになれるってわかると、壊しちゃうのは
前園 結衣マエゾノ ユイ
未だに、母親の亡霊に取り憑かれてるせいなんだよ
風早 大我カゼハヤ タイガ
で、でも、ドラマの話だって、
冗談だって、言ったんですよ……
前園 結衣マエゾノ ユイ
そりゃ、こんなエグい話、風早に話しづらいっしょ。
だってあんた、真っ直ぐだもん
前園 結衣マエゾノ ユイ
あんたを暗闇に引き込みたくなかったから、
そうやって誤魔化したんでしょ
風早 大我カゼハヤ タイガ
じゃあ
あなたの名字さん、本当は……
風早 大我カゼハヤ タイガ
前園さん!
今から、有給取らせてください!
前園 結衣マエゾノ ユイ
はあ?
おめえ、まだ有給取れる身分じゃないだろ?
風早 大我カゼハヤ タイガ
後でたくさん叱られますんで!
すみません!!!
前園が止める声を振り切り、会議室を飛び出した。

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