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第1話

〈白月〉霜月 隼
708
2019/08/15 15:36
椿の園

たくさんの鳥居が並ぶ道
カランカランと花下駄を鳴らして歩く

ふと花の香りに足を止めると
眼に映るのは椿の花

赤に白と色とりどりの花
つられて道を外れる

帯留めの鈴がチリンと鳴った
カサリと誰かの足音

ふわりと振り返り確かめるが
その姿なく、恐れと不安に
足早に歩を進めた

チリン、チリン

急ぐたびに鈴が鳴る

息が上がる、
今は夏なのに吐く息は白い

「どうして道を外れてしまったんだろう」

あの椿に目を奪われなければ
花の香りに心を奪われなければ

後悔は募るばかり、
カサリと足音はまだついてくる

恐怖に足元を取られ転びそうになった刹那
手を誰かに掴まれた

)きゃあ!
隼)おっと!危なかったね、お嬢さん。

闇に浮かぶ白い姿、掴まれたはずの手は冷たくて
それが生者ではない事を教えてくれた

)っ!は、離して!!
隼)ごめんね、どうやら脅かせてしまったみたいだね。

)なんで私を追いかけるんですか!
隼)誤解だよ、お嬢さん。
僕が追いかけていたのは鈴の音さ。

柔らかく微笑むその顔は整っており
その肌は白く、それは美しくて恐ろしい

)鈴の音...?帯留めの?

チリンと再び鳴るその音に男は頷いた

隼)魔を払い、邪を寄せ付けないその音があまりにも美しかったから追いかけていたんだよ。

)この鈴の音が魔を払う?
隼)その澄み切った音は光を呼ぶからね。
ほら、見てごらん周りの椿がこんなにも輝いている。

促され見回すと白い椿が一面に咲き誇り
その内側から光を放っていた

)きれい...
隼)椿は君の心を映す鏡、
その美しさは儚く謙虚に咲き誇る。

隼)だからこそ、闇に魅入られる。
おいで、元来た道に帰してあげよう。

差し伸ばされた白い手、
不思議と恐怖は無く、その手を取る

)ありがとうございます。
隼)君はどこから来たのかな?
)鳥居がたくさんある道を歩いていたんです、でも椿を見つけて道を外れてしまったみたいで。

隼)見つけられて良かった、闇に呑まれたら帰ってこられなかった。
)貴方はいったい..

隼)ほら、君が来た道はここでしょう?

気がつけば鳥居の道に戻ってきていた

)えっ、もう着いたんですか?

隼)さぁ、お帰り..もう惑わされてはいけないよ。君はこれから幸せになるのだから...

そう言われて、背中を軽く押された時
ヂリンと鈍い鈴の音が聞こえた気がした

)あのっ!

振り返るがもうその姿はなく
あの椿の道さえも無くなっていた

)っ!...ありがとう。

そう言って道なりに戻る、
頭に浮かんだのは幼い頃に聞いた
優しい魔の主様の話




ヂリン、ヂリン

隼)やれやれ、あの血筋は本当に闇に好かれやすいねw 久しぶりに澄んだ鈴の音が聞けたよ。

錆びて鈍い音を響かせる鈴を撫でながら
白い椿に溶けてゆく

白い椿の花言葉は

「理想の愛」そして「申し分ない魅力」


終わり

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