第154話

月花神楽・浅葱〈終幕〉
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2020/02/16 14:14
月花神楽・浅葱〈終幕〉

縁談の話が来てから数日後
町ではある噂が広まっていた

豪商の貴族が狐に祟られている

ある者が聴いたのは
毎夜、貴族の夢枕に狐が現れるそうだ

衛)姫と関わるな...聞かぬならこの家を祟ってやろう。

最初は聞く耳を持たなかった
だが、日が経つにつれて
商売は上手くいかなくなり、家は廃れていく
使用人の中には体を悪くする者まで出てきて

新月の夜、物音を聞いた使用人が貴族の元を訪れると、獣に引き裂かれたかの様な無残な姿で発見された

月のない夜半に狐は姫の元を訪れる
いつもの様に庭に入ると
ふと、汚れた自分の姿に気付いた

衛)...あぁ、あの方が褒めてくださった
毛並みが汚れてしまった。

毛並みも爪も赤黒い何かで汚れている

衛)この姿は怖がらせるかもしれない、
そうだ...人の姿なら、、

爪も牙も人の姿へと隠し、
毛皮は上等な服へと変えた

衛)始めてみせる姿に驚くだろうか
でもきっと、あの方は気づいて下さる...

狐は姫のいる離れへと近づいた

離れの部屋、
寝ていた姫は物音で目を覚ます

涼)誰です?

ロウソクの明かりもない暗闇の中で声がする

衛)狐でございます。
涼)この様な夜半に何用か?
衛)貴方様の憂いを払いましたご報告に。
時間はかかり申し訳ない、聞き分けて貰えなかったもので...

目が暗闇に慣れた頃、僅かに姿を捉えるが
それは狐の大きさではなくて

涼)其方、狐か?
私には遥かに大きな壁に見える。
(暗くて見えないが大きい姿なのは分かる)

衛)あぁ、この様な姿をしていますのは
お恥ずかしいですが、獣の姿は見せられなくて。

涼)なぜ...それに憂いを払ったとは?
衛)貴方様が憂いた縁談はもう叶いませぬ。
なので貴方様が嫁ぐ事はありません。

嬉しそうな声で語る狐とは裏腹に
姫の顔は青ざめていく
脳裏に浮かんだ嫌な予感はきっと当たっている
恐怖で震える声を抑えて、労うふりをする

涼)それは、私のために
叶わぬ望みを成してくれたのか。
衛)私を褒めて下さいますか!

嬉しそうな声に、
姫の顔色はどんどん悪くなるのだった

そんな折に、離れに勤めている使用人が
異変を感じ姫の部屋の近くまで来た時
信じがたい光景を見た

姫の部屋と庭を照らすかの様に
青白い狐火が所狭しと浮かんでいた

姫様が狐に憑かれておられる!?

その噂は宮中に知れ渡る事になる




自慢の娘が狐憑きかもしれないなどと言われ
怒りが隠せないほどに王は怒っていた
縁談が無くなった上に狐憑きなど不浄な噂が出れば姫を嫁にとろうとする者は現れないからだ

剣)姫に狐が憑いているだと!?

王は国一番の退魔師を呼び
狐を退治せよと命じました

昂)必ずや、闇を払いて花を咲かせて見せましょう。
(狐を払い姫を笑顔にして見せましょう)

退魔師は姫の住む離れに魔除の札を貼りました
邪な者が入れぬ様に...

雲に覆われた満月の夜、
狐は姫の元へと向かいます

衛)あぁ、貴方様...逢いたい..

いつものように入ろうとしますが
バチン!と弾かれます

衛)なんと...見えぬ壁がある。

どうしようかと近くを探っていると

昂)来たか、お前はもう入れぬぞ。
衛)誰だ?
昂)姫に巣食う化け狐、お前を祓う者だ。

側で控えていた退魔師が狐の前に立ち塞がりました、近くには王が用意した兵士も沢山います

兵士は狐を見て 化け物め、なんと恐ろしいかと
声を潜め呟きます

衛)姫に逢えぬのは貴様の仕業か!

唸り声を上げ退魔師を睨みつけると
狐は牙を剥き退魔師目掛けて飛び掛かった

大きな牙が爪が退魔師を目掛け振り下ろされる
それを剣でいなす退魔師
側にいた兵士が狐に向けて矢を放つ
一本、二本と矢が狐を貫いた

衛)おのれ...煩わしい!!

振り払う様に尾を使い兵士を蹴散らすと
兵士が埃の様に吹き飛んだ

衛)私は逢いたいだけなのに!
昂)お前の存在が姫を苦しめるのだ!
衛)そんな筈は無い!


がむしゃらに振り払った腕で退魔師を退ける

昂)ぐっ!?

衛)そんな筈はない、あの方は私を褒めて下さる
今、行きます...

魔除の札に弾かれる体を無理に押し通す
体にいくつも傷を作るがそんなのはどうでもいい
ただ逢いたいただそれだけが狐を突き動かした



離れの姫の部屋
外の騒ぎに姫も目を覚まし
様子を伺っていた...

兵士の悲鳴に大きな獣の鳴き声

涼)...あぁ、天よ私はあの優しい子に
とんでもない事を願ってしまった....

縁談相手の貴族が亡くなったと聴いた時、
あの黒狐の事が脳裏に浮かんだ

涼)私が願ったせいで、あの子は人を..

カタンと音がする
障子に映るのは人の形をした影

衛)帳の折に訪れる事をお許しください
(夜遅くに訪れる事をお許しください)
涼)誰です?
衛)狐にございます。

その声はどこまでも優しい

衛)この戸を開けてもよろしいか?
近くで貴方様のお顔が見たい...

開けてはいけない、本能では分かるのに
あの狐なのかどうしても確かめたかった...

涼)開けど、その境は越えられぬ。
(開けてもいいが入ってはいけない)
衛)構いません!ありがとうございます。

ゆっくりと障子が開いていく
現れたのは微笑みを浮かべた男の姿

しかし雲が晴れ満月が部屋に映す影は
異形の化け物...そのもので

涼)っ!

姫は青ざめて後ずさる

衛)姫?
涼)...もの...化け物..!!

美しい声が自分を化け物と呼ぶ...

衛)何を..仰るのです?...私は、

手を伸ばすがそれは姫に届く事なく

昂)そこまでだ!
衛)!?

退魔師の剣が狐を襲う

衛)貴様!?...!!

ガァ!と唸った狐の動きが止まる
その視線は部屋に置かれた鏡..
その鏡が映し出したのは醜い姿に変わり果てた
自分の姿...

衛)あぁ!!!違う!違う!!

バタン!!と暴れると唸り声を上げながら
離れを飛び出し山へと駆けていく

昂)待て!!

退魔師も狐を追うため馬に乗り山へと向かう

ただ褒めて欲しかった
その瞳で見つめて欲しかった
一線を超えた自分の姿の何と醜い事だろう
化け物と呼ばれても仕方ない...

でも

衛)貴方にだけは言われたくなかった.!!

狐が向かうのはあの日助けられた日に
持ってきた姫の花衣を置いている場所

深い森の、開けた場所の
古木の枝にそっと掛けていた

衛)叶わぬ願いを押し通した故の業がこれか..
私は戻れぬ道を進んでしまった。

花衣をそっとかけるとゆっくりと後ろを振り返る
そこには追いかけて来た退魔師が立っていた

衛)我はもう、鳴くこともない...
この身は汚れすぎている、眩しいあの方に相応しくないのだ...

ゆらりと生きる気力をなくし立ち尽くす狐に
退魔師は剣を振り下ろす

昂)次に生を受けるなら、人に変わると良いな。

切り伏せたその場所にあるのは
美しい花衣を抱くように眠る黒い狐
退魔師はそれを抱き抱えると姫の元へ戻る

姫は狐の亡骸を見ると涙を流し、
その体を撫でた

涼)許しておくれ、私の愚かな願いが
其方を傷つけてしまった..

その後、狐の亡骸は花衣と共に焼かれ
天へと登る、それは雨に変わり姫の元へ帰るだろう




これは月花神楽、哀しき狐の物語なりーー

終わり。

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