第3話

序章
3,177
2018/08/01 01:33
相原ゆず
相原ゆず
運命を感じました! 付き合ってください!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
無理
相原ゆず。十六歳。本日、生まれて初めての告白をして──振られました。
相原ゆず
相原ゆず
早っ! 普通、告白されたらもう少し驚くとか照れるとかしない? そんな真顔で即行お断りとか、あまりにも非人道的じゃないでしょうか!? この冷血漢!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
放課後の体育館裏に呼び出された時点で予測はできていたし、その気がないのにもったいぶって返事を遅らせる方が不誠実だろう
たった今、告白されても眉ひとつ動かさずバッサリと切り捨てたこの男──一ノ瀬慧君は、私の抗議の言葉にも全く動じた様子を見せず、淡々と言葉をつむぐ。
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
そもそも相原、別に俺のことを好きじゃないだろう
鋭い瞳でズバリと指摘されて、思わず息をのんだ。
相原ゆず
相原ゆず
好きじゃないって……どうして?
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
本気で恋してて告白しようって奴は、もっと思いつめた目をしてるものだ。ましてや振られた直後に相手を冷血漢とののしる余裕なんてあるはずない
な、なるほど……でも何なんだろう、この人の冷静さ。
私は本気じゃないにしても、初めての告白にそれなりにドキドキしてたのに……やっぱりイケメンだから告白され慣れてるのかな?

サラサラの癖のない黒髪に、涼やかな目元が印象的な、整った顔立ち。
肩に鞄をかけ、何かの封筒を小脇に抱えた制服姿の長身は、すらりとして手足も長い。
遅刻・居眠りの常習犯で無愛想な慧君は、同じクラスの1─Aで一匹狼として過ごしているけど、そのルックスと独特の雰囲気から、密かに憧れている女子も少なくない。
あんまりしゃべらないけど、声もいいしね。そっけないのに、不思議と甘く響く低音。
……しまった、ハードルが高すぎたか。でも、「こいつならイケる」みたいな考えでアプローチするのもどうかと思うしなあ……。
うーん、と腕組みして眉を寄せる私だったけれど──
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
生憎、自分のステータスを上げる彼氏が欲しい、程度の気持ちで告白してくるような奴に割いてる時間はない
冷ややかにそう言われて、かあっと頰が熱くなった。
相原ゆず
相原ゆず
別に、私はそんな理由で彼氏が欲しかったわけじゃないし!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
じゃあ、なんで告白なんてしたんだ?
相原ゆず
相原ゆず
──私のおばあちゃん、七十歳過ぎてからツイッターを始めたり、ロッククライミングに目覚めたり、世界一周旅行にチャレンジしたり、すごくアクティブな人なの
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
…………?
突然おばあちゃんの話を始めた私に、慧君がかすかに戸惑ったような表情を浮かべたけれど、構わず話し続ける。
相原ゆず
相原ゆず
いつかSASUKEに出演するのが夢とか言って、幾つになっても好奇心旺盛で生き生きして、私の憧れのおばあちゃんだった。でも、先週突然倒れてしまって……それ以来、めっきり気分も塞いでしまったみたいで。『私ももう長くないかもねぇ……』なんて私の前で弱音を吐いたりするの
思い出すと、じわっとまぶたが熱くなり、慌てて瞬きして誤魔化した。
以前のおばあちゃんなら、絶対に考えられなかった姿……。
相原ゆず
相原ゆず
そんなこと言わないでよって言ったら、おばあちゃん、弱々しく笑いながら『ゆずちゃんの花嫁姿が見られたら、嬉しくて寿命があと三年は延びるかもね』って。──だから、花嫁はさすがに難しいけど、彼氏を紹介できたら、おばあちゃんも少しは元気になってくれるかなって思って……
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
なるほど。がんばれ
ギュッと拳を握りながらせつせつと訴えたのに、慧君はあっさりそう言うと、去っていこうとする。
相原ゆず
相原ゆず
ちょっと待ってよ! この話を聞いてもまだ協力しようと思わないの? やっぱり冷血漢!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
俺は忙しいんだよ。他の男を当たってくれ
相原ゆず
相原ゆず
私だって誰でもいいわけじゃないし! 言ったでしょ、運命を感じたって!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
……運命?
慧君が足を止めて、振り返った。
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
その態度からして、一目惚れというわけでもないだろうに、運命? どういうことだ?
あれ、意外に乙女チックな単語に反応するんだな……と思いつつ、私は自分の鞄から筆箱を取り出し、更にそこから一本のシャーペンを取り出す。
相原ゆず
相原ゆず
これよ!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
瞬間、それまでポーカーフェイスを崩さなかった慧君が、ギョッとしたように大きく目を瞠った。
それは、月に二回発行される少女漫画雑誌『花とリボン』の応募者全員サービスで手に入れた、人気漫画『学園ハロウィン』の限定グッズだった。
相原ゆず
相原ゆず
一ノ瀬君の筆箱に、これと同じシャーペンが入ってるのを見たんだよ。私、『学園ハロウィン』大っっ好きなの。あんなに絵が綺麗でおもしろいのに、作者は私たちと同い年とか信じられないよね!?
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
…………
 テンション高くしゃべる私の前で、さっきまでサイボーグみたいだった慧君の顔が、かすかに赤くなっていた。
 男子で少女漫画が好きなんてバレたら恥ずかしい、みたいな気持ちなのかな?
相原ゆず
相原ゆず
別に照れることないよ、少年向けでも少女向けでもおもしろいものはおもしろいんだから! 一ノ瀬君も『学ハロ』好きなんでしょ? 同じ学校の、同じクラスで、同じ漫画が好きな男子がおそろいのレアなシャーペンを持ってる……運命的じゃない!?
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
──全然
 慧君はぶっきらぼうに全否定すると、くるりと背を向けて早足で離れていこうとする。あわわ、ここで逃したらもう次はないぞ。
相原ゆず
相原ゆず
待ってよー! そんな殺生な! 見捨てないでー
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
放せ、俺は忙しいっつってんだろ!
相原ゆず
相原ゆず
ダメ! せめて『学ハロ』について語ろう!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
ええい、しつこい!
しがみついて止めようとする私を引き離そうと、慧君がばっと腕を振り上げた。その拍子に彼が抱えていた封筒が地面に落ちて、バラバラと中身が散らばる。
相原ゆず
相原ゆず
ごめん、私のせいで──って、これ……
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
馬鹿、触るな……!
慌てて拾い集めようとした紙の束は、漫画の原稿のようだった。
私がときどき遊びでノートに描くものとはレベルが違う、洗練された線で描かれた、息をのむほど綺麗な原稿。
しかも、その絵柄は『学園ハロウィン』そっくりで──。
相原ゆず
相原ゆず
……どういうこと? もしかして一ノ瀬君が……『学園ハロウィン』の作者、芹野井ちさと先生……ってこと?
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
…………
震える人差し指を向けつつ呆然と尋ねると、慧君は、端整な顔をしかめながら、小さくため息を漏らした。

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