第4話

序章-2
2,015
2018/08/01 01:33
相原ゆず
相原ゆず
……どういうこと? もしかして一ノ瀬君が……『学園ハロウィン』の作者、芹野井ちさと先生……ってこと?
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
…………
呆気にとられたように指を差されて、俺は、思わずため息を漏らした。

相原ゆず。ショートボブにくりっとした大きな瞳が特徴的な、やや小柄な女子生徒。
俺が彼女に抱いていたイメージは、「やたら元気」。
あと、「食いしん坊」。弁当を食べる時、いつも蕩けそうな笑顔でほおばっているからだ。
つーか、四月にここ私立桐葉高校の1─Aで同じクラスになってから、二学期が始まったばかりのこの時期まで、俺は相原とほとんどしゃべったことがない。
そんな相手にいきなり告白なんかするなよ無謀すぎるだろ、と思いっきりツッコみたい気持ちはあったが、今はそこは置いておこう。
まさか相原が、俺の漫画の愛読者だったなんて……。
正直ものすごく嬉しいし、ありがたいのだが、面と向かってべた褒めされるとどうしていいかわからない。そして、正体がバレることで……なんだか、非常に面倒くさいことになりそうな予感がした。

俺が『花とリボン』の新人賞を受賞したのは中学二年の冬。
中三になったばかりの春に読み切りのつもりで描いたデビュー作『学園ハロウィン』が想定外の反響を受け、そのまま連載をすることになった。
学校に通いながら、高校受験や進学も並行してひたすら原稿を描き続け、つい二か月前、一年三か月に及ぶ連載が無事に終了。今は新作のためのネタ探し中……。
同じ高校で、俺が漫画を描いていることを知っている奴は、他に一人しかいない。
意図的に隠していたわけではないが、聞かれたことがなかったし、自分から言う機会も特になかったからだ。
相原ゆず
相原ゆず
否定しないってことは芹野井ちさと先生なんですよね!?
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
先生はやめてくれ。あと、敬語も
相原ゆず
相原ゆず
すごいすごいすごいすごい! あの天才高校生作家、ちーたまが目の前に!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
そのあだ名もやめろ
『学ハロ』の表紙にはいつも『ちーたまのリリカル☆モンスターコメディ』という悶絶級に恥ずかしいあおり文句が載っていた。
どうして『花とリボン』編集部って作家に妙な愛称をつけるんだろう……。
げんなりしながら遠い目をしていたら、突然、相原が「ごめんなさい!」と大きく頭を下げた。
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
なんだ、いきなり?
相原ゆず
相原ゆず
先ほどのご無礼をお詫びします! 少女漫画家ということは、恋愛の達人! 恋愛道における免許皆伝の一ノ瀬君に『付き合ってほしい』なんて、身の程知らずもいいところでした!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
……いや、達人とか全然
相原ゆず
相原ゆず
もう彼氏になってなんておこがましいことは言いません! 代わりに──私をヒロインにしてください!
…………はあ? 何を言い出すんだ、こいつ……。
相原ゆず
相原ゆず
私も少女漫画のヒロインみたいになりたいの! 可愛くて、キラキラして、素敵な男の子と恋をして……彼氏ができればおばあちゃんも喜んでくれるだろうし、数々の胸キュンシーンを描き出した『ちーたま』なら、恋愛の極意も知り尽くしているでしょ!?
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
──そんなわけあるか! 無理に決まってるだろ
相原ゆず
相原ゆず
お願いします! 私のヒロインプロジェクトに協力してください!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
断る。手を離せ
相原ゆず
相原ゆず
いや! 引き受けてくれるまで絶対離さない! お願いお願いお願いお願い──私を、最強のヒロインにしてください! どうか! なにとぞ! ご慈悲を……!
相原ゆずは、しつこかった。
いくら断っても引き下がらないから、一方的に話を打ち切って帰ろうとしたけれど、強引に歩き出した俺の腕をつかんだまま、スッポンのように食らい付いて離れない。
地面にはずるずると、彼女の足の引きずられた跡が、轍のように延びていった。
……ああ、もう!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
いい加減にしろ!
業を煮やした俺は、声を荒らげながら相原を体育館の壁に押し付け、もう片方の腕を彼女の頭のすぐ上に叩きつけた。
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
聞き分けの悪い奴は、痛い目見ないとわからないか?
驚いたように目を瞠った相原は、俺が威圧的に見下ろすと、キュッと口元を結んでうつむいた。
相原ゆず
相原ゆず
……っ……
その肩が小さく震えるのを見て、内心、しまったと後悔する。
あまりにしつこいから、脅して突き放そうと思ったのだが、やりすぎたか……?
罪悪感に包まれた次の瞬間。
相原ゆず
相原ゆず
──生壁ドン、入りましたー!
グッとガッツポーズをした相原が、感極まったように雄叫びを上げた。……は?
相原ゆず
相原ゆず
さすが師匠! 少女漫画の王道シーンを早速体現してくれるなんて! 壁ドンはもはや定番オブ定番ですが、やはりベタこそ至高、至高だからこそベタ! めっちゃドキドキです! もう感動!
相原の頰は紅潮し、目はキラキラと輝いていた。
……あ、こいつ、馬鹿だ。
うすうす気付いてたけど、救いようのない大馬鹿者だ。
相原ゆず
相原ゆず
しかも『聞き分けの悪い子は、お仕置きだ』なんてドS&微エロ路線……大・好・物!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
お仕置きなんて言ってねえ! 勝手に台詞を改ざんするなアホ!
相原ゆず
相原ゆず
やっぱりナチュラルに少女漫画的なことできるんじゃないですか~。プロデューサーやってください!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
やらないっつってんだろ! 放せ! とっとと諦めろ!
相原ゆず
相原ゆず
いや! 離れて欲しかったらイエスと言って! 言うまで絶対絶対絶~っ対このまま離さないんだから!
──相原は本当にあり得ないレベルでしつこくて、その後もずるずると引きずられたままどこまでも食らい付いてきた。
 ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる……。
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
は・な・れ・ろー!
相原ゆず
相原ゆず
いやー! 引き受けてくれるまで死んでも離れないいいいいいいー!
結局、俺は根負けして、プロデュース業を引き受ける他なかったのだった。
駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。

プリ小説オーディオドラマ