第11話

二章-4
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2018/08/22 02:48
相原ゆず
相原ゆず
このタイミングで現れるなんて……まさか、私のヒーローは慧君……!?
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
アホ。相原があいつらに連れていかれるのに気付いたから、追いかけてそこの陰から見てたんだよ
俺が説明すると、相原は「なんだ」と脱力した。
相原ゆず
相原ゆず
②ストーカーのパターンか……
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
誰がストーカーだ!
相原はあまりにも無防備に柏木に接近していたから、いつかこうなるんじゃないかと思ってそれとなく注意していたのだ。
もともとこいつを焚き付けたのは俺だし、半分は責任あるからな……。
相原ゆず
相原ゆず
でも、見てたならもっと早く助けてくれてもいいのに
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
現実ではそんな都合よくヒーローは登場しないってわかってほしかったんだ。だからギリギリを見計らったつもりだったんだが……しくった。悪かった
相原ゆず
相原ゆず
…………
相原は少し恨みがましそうな目で俺を見つめていたけれど、「ま、いっか」とパッと表情を明るくした。
相原ゆず
相原ゆず
この気温なら濡れてもむしろ涼しいくらいだし、おかげで頭から水かぶらなくて済んだし。慧──一ノ瀬君が来てくれなかったら、どんどんエスカレートしてたかもしれないし……助けてくれて、ありがとう
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
……ああ
曇りのない笑顔で礼を言われて、馬鹿だけど、いい奴だな、と思った。
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
着替えとか持ってるか?
相原ゆず
相原ゆず
鞄置いてきちゃったけど、教室に帰ったら体操着があるよ
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
じゃあ戻るまでは……とりあえず、これ着とけ
今日の相原はベストを着ておらず、上は白いブラウス一枚。今はまだ大丈夫だが、日差しが強いところに行ったら透けるかもしれない。
俺が、バッグから自分のジャージを取り出して相原にかぶせると、相原はキョトンと目を瞬いてから、「おおお!」と興奮したように顔を赤くした。
なんだ!? 忙しい奴だな。
相原ゆず
相原ゆず
ナチュラルに少女漫画・再び!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
は? 何言って……
相原ゆず
相原ゆず
柔軟剤に混ざったほのかな汗の匂いにドキドキ……これがイケメン臭……
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
嗅ぐな変態! 着ないなら返せ!
相原ゆず
相原ゆず
着る着る絶対着る。だからあと五秒嗅がせて!
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
却下。没収
相原ゆず
相原ゆず
そんな、殺生な~
相原とやいやい言い合っていたら、不意に「えっ……」という男の声が響いた。
目を向けると、ちょうど校舎の角のところから現れたらしい柏木篤臣が、驚いたようにこちらを見つめていた。
──遅えよ! どうせ来るならあと数分早く来い!!
思わず心の中で叫んだが、そんなグッドタイミングで現れていたらそれこそ相原のヒロインドリームが加速していただろうから、むしろこれで良かったのか。
「お、惜しい……」と呟いた相原も、なんとも複雑そうな表情をしていた。
柏木篤臣
柏木篤臣
相原さん、どうしたの、その恰好……
相原ゆず
相原ゆず
……えーと……
心配そうに眉をひそめる柏木に、相原が困ったように言いよどむ。
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
おまえのファンの女たちに囲まれて、水ぶっかけられたんだよ
代わりに俺が説明すると、柏木は口元を引き結び、しばらく沈黙した。
柏木篤臣
柏木篤臣
……そうだったんだ。ごめん、相原さん
相原ゆず
相原ゆず
ううん、別に柏木君のせいじゃないし
相原は何でもないようにからっと返したけれど、柏木は物憂げに瞳を伏せ、ため息を零した。
柏木篤臣
柏木篤臣
彼女たちの熱狂ぶりには、正直僕も困ってるんだ……
直後、それまでびしょ濡れでものほほんとしていた相原の顔がムッとしたようにこわばっていくのに気付いて、驚いた。
相原ゆず
相原ゆず
──そう思ってるなら、ちゃんと本人に言ったほうがいいよ
ビシッと声が響いて、柏木もハッとしたように目を瞠る。
相原ゆず
相原ゆず
あの子たちに届く言葉を持ってるのは、柏木君だけだよ。過剰な反応は困るって伝えることで、暴走もおさまるかもしれない。波風立てないようにしてるなら、それは優しさじゃなくて八方美人なんじゃないかな
柏木篤臣
柏木篤臣
…………!
強い調子でいさめるような相原の言葉に、柏木は衝撃を受けたように息をのんだ。
相原ゆず
相原ゆず
……ってごめん、偉そうに!
緊張状態もつかの間、いつもの調子に戻った相原が、慌てた様子で両手を合わせた。
相原ゆず
相原ゆず
別に、今回のことで柏木君を責めてるわけじゃないの。本当だよ。ただ──
柏木篤臣
柏木篤臣
いや……君の言う通りだよ。僕が不甲斐ないせいで、迷惑かけてごめん
相原の言葉を遮り、柏木はすっと顔を背ける。
相原ゆず
相原ゆず
だから柏木君は全然悪くないし──
柏木篤臣
柏木篤臣
ちょっと、頭を冷やしてくる
そんな言葉とともに一方的に会話を打ち切ると、柏木は足早にその場から去っていった。
相原ゆず
相原ゆず
か、柏木君……!
追いすがるように手を伸ばしていた相原は、離れていった背中が完全に見えなくなると、ガクリと首を垂れた。
相原ゆず
相原ゆず
あああ、嫌われた……なんであんな言い方しちゃったんだろ……
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
確かに。なんであんな怒ってたんだ?
相原ゆず
相原ゆず
怒ってるように見えた!? そっか……
はあ~っと肩を落とす相原。
相原ゆず
相原ゆず
なんか、あの子たちも柏木君が好きだから暴走しちゃってるのに、陰で柏木君からそんなこと言われてるなんて、報われないじゃない。そう思ったら、つい……
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
…………へえ
こんな目に遭わされた直後なのに、そういう発想が出るとは思わなくて、やや驚いた。
相原ゆず
相原ゆず
でも上から目線で偉そうだったよね。柏木君も責任感じちゃったみたいだし……余計なこと言ったかなあ
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
別に間違ったことは言ってなかったぞ。実際、あいつらはやりすぎだし、何も行動しなかったらこれからもあのままだろう。セーブする一番現実的な方法は、柏木が働きかけることだと俺も思う
俺がそうコメントすると、相原は「そう?」と少しホッとしたように表情をゆるめた。
しかしすぐに「でもでもやっぱり柏木君、よそよそしかったし! 逃げるみたいにあっという間にいなくなっちゃうし! 終わったー!」と悶え始める。
……忙しい奴だな、ほんと。

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