俺が説明すると、相原は「なんだ」と脱力した。
相原はあまりにも無防備に柏木に接近していたから、いつかこうなるんじゃないかと思ってそれとなく注意していたのだ。
もともとこいつを焚き付けたのは俺だし、半分は責任あるからな……。
相原は少し恨みがましそうな目で俺を見つめていたけれど、「ま、いっか」とパッと表情を明るくした。
曇りのない笑顔で礼を言われて、馬鹿だけど、いい奴だな、と思った。
今日の相原はベストを着ておらず、上は白いブラウス一枚。今はまだ大丈夫だが、日差しが強いところに行ったら透けるかもしれない。
俺が、バッグから自分のジャージを取り出して相原にかぶせると、相原はキョトンと目を瞬いてから、「おおお!」と興奮したように顔を赤くした。
なんだ!? 忙しい奴だな。
相原とやいやい言い合っていたら、不意に「えっ……」という男の声が響いた。
目を向けると、ちょうど校舎の角のところから現れたらしい柏木篤臣が、驚いたようにこちらを見つめていた。
──遅えよ! どうせ来るならあと数分早く来い!!
思わず心の中で叫んだが、そんなグッドタイミングで現れていたらそれこそ相原のヒロインドリームが加速していただろうから、むしろこれで良かったのか。
「お、惜しい……」と呟いた相原も、なんとも複雑そうな表情をしていた。
心配そうに眉をひそめる柏木に、相原が困ったように言いよどむ。
代わりに俺が説明すると、柏木は口元を引き結び、しばらく沈黙した。
相原は何でもないようにからっと返したけれど、柏木は物憂げに瞳を伏せ、ため息を零した。
直後、それまでびしょ濡れでものほほんとしていた相原の顔がムッとしたようにこわばっていくのに気付いて、驚いた。
ビシッと声が響いて、柏木もハッとしたように目を瞠る。
強い調子でいさめるような相原の言葉に、柏木は衝撃を受けたように息をのんだ。
緊張状態もつかの間、いつもの調子に戻った相原が、慌てた様子で両手を合わせた。
相原の言葉を遮り、柏木はすっと顔を背ける。
そんな言葉とともに一方的に会話を打ち切ると、柏木は足早にその場から去っていった。
追いすがるように手を伸ばしていた相原は、離れていった背中が完全に見えなくなると、ガクリと首を垂れた。
はあ~っと肩を落とす相原。
こんな目に遭わされた直後なのに、そういう発想が出るとは思わなくて、やや驚いた。
俺がそうコメントすると、相原は「そう?」と少しホッとしたように表情をゆるめた。
しかしすぐに「でもでもやっぱり柏木君、よそよそしかったし! 逃げるみたいにあっという間にいなくなっちゃうし! 終わったー!」と悶え始める。
……忙しい奴だな、ほんと。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。