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2018/08/27

第12話

三章
あれ以来、柏木君は目に見えてよそよそしくなってしまった。
いつも笑顔だし物腰も優しいんだけど、目が合ってもすっとそらされるし、話しかけても前より明らかにそっけない。
休み時間に思い切って勉強を教えてもらえないかと頼んでも、「ごめん、ちょっと用事があって……」と席を外されてしまう。
ああ、もう完全に脈はないな……とさすがの私も悟らざるを得なかった。
相原ゆず
相原ゆず
やっぱり、平凡な女の子が学園の王子様に溺愛されるとか、そんな都合のいいことはそうそう起こらないんだね
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
やっと気付いたようで何よりだ
しみじみと漏らした私に、慧君は非情にもあっさりと頷いた。
今は昼休みの日直の仕事で、ゴミ捨てに行く途中だった。相原と一ノ瀬だから、出席番号順で二人ずつ回ってくる日直は、いつも慧君とペアなのだ。
相原ゆず
相原ゆず
ただ、柏木君がこの二、三日、元気がないように見えるのが気になるんだよね……
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
そうなのか?
相原ゆず
相原ゆず
うん。これは隣の席だから気付いたんだと思うんだけど……人と話してる時は相変わらずにこにこしてるし、いつも通りに見えるけど、授業中ボーッとしてたり、小さなため息を漏らしてたりすることがしょっちゅうなんだよ
親衛隊襲撃事件がちょうど一週間前だから、私が強く言いすぎたのが尾を引いてる、ということはまずないと思うんだけど。
相原ゆず
相原ゆず
何か悩みがあるのかな~
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
まあ、悩みのない人間の方が珍しいだろ。相原みたいな奴はレアケースだ
相原ゆず
相原ゆず
失礼な! 私だって悩みはあるよ。どうしたらヒロインになれるのかな、とか、明日は学食の日だけど日替わり定食とカレーとどっちにしようかな、とか
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
そういうのは悩みとは言わない。つーかカレー好きだな!
呆れ顔の慧君に折角なので学食カレーの魅力と奥深さを語り聞かせようかと思ったけれど、角を曲がったところで目に入ってきた光景に、全身の動作を止めた。
ほぼ同時に慧君も、ハッと息をのむ。

駐車場わきにある、ゴミ捨て場。
そこに設置されたコンテナを、一人の男子生徒がガンガンと激しく蹴りつけていたのだ。
太陽の光を浴びて輝く、柔らかそうな髪。すらりと均整の取れた細身の体。
後ろ姿しか見えなくても、誰かはわかった。
柏木君……?
まるで持って行き場のない、やるせない感情をぶつけるように、ひたすらコンテナを蹴りつけていた柏木君は、はあはあと大きく全身で息をしながら、肩に下げていたテニスラケットを手に取ってしばらく見つめた後──そのラケットを、ケースごと荒々しくコンテナの中へと投げ捨てた。
そして、両の拳を握り締めてしばらく立ち尽くしてから、こちらを振り返り、私たちに気付いてギクッとしたように顔をこわばらせた。
一ノ瀬慧
一ノ瀬慧
柏木、それ……テニス部で使ってるラケットだろう? 捨てるのか?
慧君が問いかけると、柏木君は……まるで何事もなかったかのように、いつもの品のいい微笑みを浮かべて「うん」と頷いた。
柏木篤臣
柏木篤臣
もう、テニスは辞めるから
相原ゆず
相原ゆず
どういうこと? 毎朝ずっとランニングをするくらい頑張ってたんでしょ?
さっきまでの光景が幻だったのかと思えるほど穏やかな口調に、軽い混乱を覚えながら私も尋ねる。
相原ゆず
相原ゆず
もしかして、怪我とかしちゃった?
柏木篤臣
柏木篤臣
そういうわけじゃないけど……別に、君たちには関係ないことだろ? 僕自身がもう、納得しての決断だから
相原ゆず
相原ゆず
うそだよ。そんな風には全然、見えなかった
感情の読めない笑顔で淡々と言う柏木君に、おせっかいだと思っても、食って掛かってしまった。
だって、こんな風に笑ってても……本当は苦しいんじゃないの?
さっきのガンガンという音が、まだ鼓膜にこびりついている。私には、あれは柏木君の悲鳴のように思えて仕方なかった。
本当は、ものすごく辛い思いを抱えて、ため込んでるんじゃないの?
柏木篤臣
柏木篤臣
……うそなんかじゃないよ。もう、テニスなんて、どうでもいいんだ
まるで能面のような笑顔でそう言われた瞬間。
ぷちん、と何かが弾けた。
相原ゆず
相原ゆず
この……ばかちんがーー!
ガーン! とものすごい音が、その場に響き渡った。