第9話

「忍の宿命」
162
2018/09/04 07:15
京都にやってきて早くも1ヶ月経ったある日。
私は麻蔵遊郭でいつもの様に働いていた。佐織さんによると、私は芸妓から正式な遊女に昇格したらしい。
部屋でお座敷の準備をしているとき、私の部屋の襖を開けて香純さんが入ってきた。
楼 香純
楼 香純
明日香、ちょっと話があるんだけど。いいかしら。
諸星 明日香
諸星 明日香
は、はい。
廓言葉ではないときの香純さんは“くノ一の香純さん”だ。この姿は私にだけ見せる。

香純さんは部屋の外に誰もいないことを確認し、そっと襖を閉め、私の向かいに座った。
楼 香純
楼 香純
あのね、明日香にお願いがあるの。
諸星 明日香
諸星 明日香
はい、なんでしょうか...?
楼 香純
楼 香純
...私の、助手になってほしいの。くノ一として。
......。

え?

じょっ、助手?

クノイチ、として...?
諸星 明日香
諸星 明日香
エト、ドウユウイミデスカソレ
楼 香純
楼 香純
明日香、なんかカタコトになってる。
そりゃあなるでしょ!?私はあくまでただの女の子!そこらへんの、17歳の普通の女の子!!!
楼 香純
楼 香純
ごめんなさい。唐突すぎたわね。ちゃんと説明するわ。
香純さんは私の目をしっかりみて話を続けた。
楼 香純
楼 香純
私の正体を知っているのはこの世で唯一明日香だけなの。あなたは月宮団とも関わりがあるし、剣術の腕もあると聞いたわ。そんな明日香が私と忍びとして共にいてくれたら月宮団の情報も入手しやすいし、烏丸革命隊の謎を解明できるかもしれないの。
諸星 明日香
諸星 明日香
それで私を...。利用したい、ということですね。
楼 香純
楼 香純
言い方を変えるとそうなるわね。今の京を守るためには明日香の力が必要なの。だから、お願い。
諸星 明日香
諸星 明日香
かっ、香純さんは怖くないんですか?
楼 香純
楼 香純
え?
諸星 明日香
諸星 明日香
くノ一ってこの物騒な京の夜を危険な浪人や罪人に接触して、最悪殺されるかもしれへんと言うのに。
楼 香純
楼 香純
まぁ、怖さはもちろんあるわ。くノ一は常に死と隣り合わせ。でも、前にも言ったように私はこの街を守る宿命なの。だから怖さとかいうものより守らなきゃっていう気持ちの方が勝っちゃうのよね。
諸星 明日香
諸星 明日香
...なんで香純さんは、自分の命を危険に晒してまでこの街を守りたいんですか...?
楼 香純
楼 香純
...教えてほしい?
諸星 明日香
諸星 明日香
え?そ、それはまぁ、はい。
楼 香純
楼 香純
んじゃ、くノ一になってくれる?
諸星 明日香
諸星 明日香
えぇっ!?なんですかそれっ!?
楼 香純
楼 香純
掟の取引に交換条件は付き物よ💕
なんだそれ!?ずるい!いけずだ!ドSだ!
諸星 明日香
諸星 明日香
あの、質問なんですけど。もし仮に引き受けて、香純さんと忍びとしている以上、やはり月宮団との交流は避けなければならないのでしょうか?
私は、月宮団のひとも、香純さんもどちらも大切だ。
楼 香純
楼 香純
...無理して避ける必要なんてないわ。明日香が月宮団といて「くノ一」ということがバレなければ明日香の好きにすればいい。ただ、あの人たちに正体がばれたら、殺されると思いなさい。
諸星 明日香
諸星 明日香
っ...
やっぱり、そうか。
ということは、しまの前でさえも自分を偽り続けなければいけないのか。
もし私がボロを出せば倒幕派の人間だと認知され、殺される。同時に信頼もなくなり人として幻滅される。
考えるだけで恐ろしい。
でも。

何かを変えなければ恐らくこの街は何も変わらない。
これからも佐幕とか尊皇攘夷とか言って人を斬り続けるんだ。
そんなことで争い続けて京都に火を放ったり、めちゃくちゃにされては私だって黙ってられない!
楼 香純
楼 香純
罪悪感なんて抱えていたらこの世の中生きていけないわよ。ちゃんと腹を括りなさい。くノ一になるの?ならないの?
私は拳をぎゅっと握りしめた。
諸星 明日香
諸星 明日香
......くノ一、やります。
楼 香純
楼 香純
そう。それじゃ、この刀を明日香に渡しておくわ。
そう言って香純さんは懐から小さめの小太刀のようなものを取り出した。
諸星 明日香
諸星 明日香
これは…?
楼 香純
楼 香純
もしもの時のために、持っておくといいわ。誰に狙われているかもわからないしね。
諸星 明日香
諸星 明日香
あ、ありがとうございます。
楼 香純
楼 香純
あと、私がこの街を守る秘密だけどね。
…この世の中には物凄い力を秘めた幻の宝刀があるの。
諸星 明日香
諸星 明日香
あ、聞いたことがあります。でもそれって数年前に騒がれた噂話じゃないですか?結局作り話だって言われて…
楼 香純
楼 香純
でも最近、それが本当だって言われているの。その刀を持っている者は古くから伝わる神の力を手に宿し、「暁ノ刃」という名があるそうなの。
諸星 明日香
諸星 明日香
神…?暁ノ刃…?
楼 香純
楼 香純
あくまで言い伝えだし私も持っている人を見たことがないから詳しいことはわからないの。でも、烏丸革命隊はその刀を狙っている。
諸星 明日香
諸星 明日香
あ、あの、話についていけないんですけど、その暁ノ刃っていう刀は持っていたらいけないものなんですか?
楼 香純
楼 香純
数年前に見つけられてから、幕府が危険だと判断し、山奥の土に埋めて隔離されて以来目撃情報はないからね。もしそんな刀をもっていたら斬られるのも当然だと思うけど…。噂では禍々しい紅色の刀だとか、決して折れない刀だとか、持つと人格が変わるだとか好き勝手に言われているわ。
諸星 明日香
諸星 明日香
それで、なんでその刀が香純さんが京都を守る理由に繋がるんですか?
楼 香純
楼 香純
その長年隔離されてきた刀が六年前に何物かによって盗まれたの。その現場に当時藩の警察隊だった私の祖父が立ち会わせてその人物は京都に嵐を起こし恐怖のどん底に突き落とした。でも事件はそのまま未解決のまま私の祖父は亡くなった。だから私が祖父の変わりに解決させたくて。未解決ってことは、その刀は今も誰かの手によって保管されている訳でしょう。はやく見つけ出してなんとかしないと、その悪夢が再び甦る可能性があるから。
諸星 明日香
諸星 明日香
ってことは、烏丸革命隊はその刀の持ち主を見つけ出して殺し、暁ノ刃を奪い取る寸法ですね…。
楼 香純
楼 香純
えぇ。そして刀の力を利用し、佐幕派の浪士や幕府、無関係の私たち住民もろとも絶滅させる気よ。許せない。
香純さんは忌々しそうに歯を食い縛った。
そうか。守りたいという気持ちの中には亡き祖父の未練を果たしたいから…。
そうして私は自分の仕事に戻った。
屯所に帰ってからもあまり話す気力がなかった。
なんとなく一人で寂しそうな月を眺めていると、「まだ起きていたのか」と白夜さんがやって来た。
諸星 明日香
諸星 明日香
はい。なんだか寝られなくて。
白夜 和丸
白夜 和丸
何か悩みでもあるのか?俺でよかったら聞くよ。
諸星 明日香
諸星 明日香
ありがとうございます、白夜さん。
でも、ボロを出してしまいそうでつい躊躇ってしまう。
私が世を騒がしているくノ一の仲間なんて知られたら、この人たちに真っ先に殺されるんだよね。
白夜 和丸
白夜 和丸
…明日香ちゃん…?
しばらく黙りこむ私の顔を心配そうに覗く白夜さん。
無理だよ…。
こんな優しい人たちを欺くなんて…。
私にはできない…。
自然とポロポロと涙が出てくる。
白夜 和丸
白夜 和丸
ちょっ…!ほんとに大丈夫か明日香ちゃん!?
諸星 明日香
諸星 明日香
ごっ、ごめんなさいっ、ほんまにどうかしてますよね…私…。悲しくないのに、涙が止まらなくて…。
白夜 和丸
白夜 和丸
…怖いか?
諸星 明日香
諸星 明日香
…え?
静かに問いかけられて、白夜さんの顔を見る。
今までみたこともない、とても切なさそうな顔をしていた。
白夜 和丸
白夜 和丸
この街が…怖いか…?
私は静かに首を縦にふる。
白夜 和丸
白夜 和丸
…そうか。俺も初めは怖かった。でも、そんな街に馴れてしまった自分も怖かった。この街は何もかも変えてしまう力があるからな。
そう言うと白夜さんは涙が止まらない私の頭をそっと胸に抱き寄せた。
白夜 和丸
白夜 和丸
大丈夫だ。お前には俺達がついている。月宮団がボディーガードなんだぜ。なんも怖くねぇだろっ。
私は驚きつつも、その胸の中から逃げようとは思わなかった。白夜さんの優しさに涙腺がやられてしまう。
諸星 明日香
諸星 明日香
…白夜さん…。
すると白夜さんは私の左肩に手をのせて宣言するようにはっきりと言った。
白夜 和丸
白夜 和丸
俺は…明日香が大切なんだ!
諸星 明日香
諸星 明日香
うぇっ!?
告白…ではないだろうけど、真っ正面から言われてなんだか恥ずかしくなって身体全身が暑くなる。
諸星 明日香
諸星 明日香
わわわっ私も、白夜さんはとても大切なお方です…!
すると、後ろから染川さんがやってきて白夜さんの頭を手のひらを包丁のようにして振り落とした。
白夜 和丸
白夜 和丸
ってぇっ!?
染川 葵
染川 葵
おい和丸、何明日香ちゃん口説いてんだ。さっさと寝るぞ~
白夜 和丸
白夜 和丸
葵さっ…!?べ、別に口説いてなんかねぇし!!
染川 葵
染川 葵
わりぃな明日香ちゃん、また明日な!おやすみ~!
諸星 明日香
諸星 明日香
おっ、おやすみなさいっ…!
染川 葵
染川 葵
おらいくぞ和丸っ。東堂さんに見つかったら怒られっぞ~
白夜 和丸
白夜 和丸
わぁってるよ!ほんじゃな明日香ちゃん!
諸星 明日香
諸星 明日香
はっ、はい!
ったく、相変わらず仲いいなぁあの二人は。
少しおかしくなって私はクスクスと笑った。

暁ノ刃-。
その存在を知ってしまった名月の夜。

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