京都にやってきて早くも1ヶ月経ったある日。
私は麻蔵遊郭でいつもの様に働いていた。佐織さんによると、私は芸妓から正式な遊女に昇格したらしい。
部屋でお座敷の準備をしているとき、私の部屋の襖を開けて香純さんが入ってきた。
廓言葉ではないときの香純さんは“くノ一の香純さん”だ。この姿は私にだけ見せる。
香純さんは部屋の外に誰もいないことを確認し、そっと襖を閉め、私の向かいに座った。
......。
え?
じょっ、助手?
クノイチ、として...?
そりゃあなるでしょ!?私はあくまでただの女の子!そこらへんの、17歳の普通の女の子!!!
香純さんは私の目をしっかりみて話を続けた。
なんだそれ!?ずるい!いけずだ!ドSだ!
私は、月宮団のひとも、香純さんもどちらも大切だ。
やっぱり、そうか。
ということは、しまの前でさえも自分を偽り続けなければいけないのか。
もし私がボロを出せば倒幕派の人間だと認知され、殺される。同時に信頼もなくなり人として幻滅される。
考えるだけで恐ろしい。
でも。
何かを変えなければ恐らくこの街は何も変わらない。
これからも佐幕とか尊皇攘夷とか言って人を斬り続けるんだ。
そんなことで争い続けて京都に火を放ったり、めちゃくちゃにされては私だって黙ってられない!
私は拳をぎゅっと握りしめた。
そう言って香純さんは懐から小さめの小太刀のようなものを取り出した。
香純さんは忌々しそうに歯を食い縛った。
そうか。守りたいという気持ちの中には亡き祖父の未練を果たしたいから…。
そうして私は自分の仕事に戻った。
屯所に帰ってからもあまり話す気力がなかった。
なんとなく一人で寂しそうな月を眺めていると、「まだ起きていたのか」と白夜さんがやって来た。
でも、ボロを出してしまいそうでつい躊躇ってしまう。
私が世を騒がしているくノ一の仲間なんて知られたら、この人たちに真っ先に殺されるんだよね。
しばらく黙りこむ私の顔を心配そうに覗く白夜さん。
無理だよ…。
こんな優しい人たちを欺くなんて…。
私にはできない…。
自然とポロポロと涙が出てくる。
静かに問いかけられて、白夜さんの顔を見る。
今までみたこともない、とても切なさそうな顔をしていた。
私は静かに首を縦にふる。
そう言うと白夜さんは涙が止まらない私の頭をそっと胸に抱き寄せた。
私は驚きつつも、その胸の中から逃げようとは思わなかった。白夜さんの優しさに涙腺がやられてしまう。
すると白夜さんは私の左肩に手をのせて宣言するようにはっきりと言った。
告白…ではないだろうけど、真っ正面から言われてなんだか恥ずかしくなって身体全身が暑くなる。
すると、後ろから染川さんがやってきて白夜さんの頭を手のひらを包丁のようにして振り落とした。
ったく、相変わらず仲いいなぁあの二人は。
少しおかしくなって私はクスクスと笑った。
暁ノ刃-。
その存在を知ってしまった名月の夜。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。