第11話

「宵月の悲劇(前編)」
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2018/09/15 06:43
…え?
私は頭の整理が追い付かず、目を瞬きながら浬さんの顔を見つめた。
諸星 明日香
諸星 明日香
拾われた…?
浬
私は幼い頃両親を失った。行く宛もなく、ひたすら生きるために商店の食材等を盗んでばかりいた。そのため、毎日指名手配として逃げ回る日々だった。そして、ひとりで生きていくために剣術を自ら磨いた。そして、11歳のときだった。ある罪人の浪士集団に拾われた。安定して生活をするならこの人らの元で暮らすしかないと踏んだ私は16まで共に暮らした。しかし奴等はだんだん私を身体で遊ぶようになってきた。それに耐えきれなくなり私は集団を抜け出した。
浬さんはどこか切なげに、でも下方に目をやりながらもその瞳は美しさの中にどこか迫力があるような、力強ささえ感じた。
浬
…もう誰も信用できず、生きる意味さえ分からなくなった。しかし、そんなとき緋山に拾われた。人間に怯えてばかりな私だったが、なぜか月宮に居たら自分の生きる理由を見つけられるかもしれないと思ったのだ。
諸星 明日香
諸星 明日香
拾われたって、そういうことがあったんですね…。
浬
まぁな。ちなみに、そんな過去から女でいることが嫌だったから今は男として月宮にいる。これは我々月宮の中だけの秘密だ。わかったな、明日香。
諸星 明日香
諸星 明日香
はい…。あの、ひとつお伺いしたいんですが…
浬
何だ。
諸星 明日香
諸星 明日香
その浪士集団って、烏丸革命隊って名前だったりしますか?
浬
っ…知っておるのか。
諸星 明日香
諸星 明日香
はっ、はい、やっぱりそうなんですか?
浬
肯定だ。まさか、お前のような娘が知っておったとはな。月宮の隊士から聞いたのか。
諸星 明日香
諸星 明日香
いえ、以前から知っておりました。それで…その烏丸に元々いたと言うことは月宮団の方たちはご存知なんですか…?
浬
…誰も知らぬ。他人に事を話したのはお前が初めてだ。
諸星 明日香
諸星 明日香
え?そうなんですか…。でも、なんで言わないんですか!?もし黙ったまま知られたら斬られちゃいますよ!?
浬
覚悟しておる。その時が来れば下された判断に従うまでだ。私の居場所は月宮にしかない。だから、月宮に迷惑をかけたくない。
諸星 明日香
諸星 明日香
…そう…ですか…。
すると浬さんは少し周囲に目を向けてから、こう言った。
浬
…私から話すことは以上だ。さぁもう寝ろ。明日も早いのだろう。
諸星 明日香
諸星 明日香
あっ、はい。遅くに失礼しました。ありがとうございました。
浬
礼などいらん。金城のように風邪をひかぬようにな。
諸星 明日香
諸星 明日香
あっ、はい!では、おやすみなさい、浬さん。
そう言って浬さんに一礼してから私は襖をそっと閉めて二階の寝室部屋へ戻った。
ーーーーーーーーー
浬は明日香が部屋に戻って行ったのを確認すると、突然腰の刀を抜き、さっと反対側の襖をあけ、そこにいたある人物の喉元に刃先を向けた。
そしてその相手に鋭い目付きと憎悪の顔をして睨み付けた。
浬
-貴様、ここで何をしている。
そこにいたのは-


裕道だった。
島津 裕道
島津 裕道
何をって、たまたま通りすがっただけだ。
浬
その様な冗談が通じると思っておるのか。どこから聞いていたんだ。
島津 裕道
島津 裕道
そうだなぁ。両親に捨てられた、とかから?浬さんこそ、いつから俺がここにいるって知っていたんだよ。
浬
…紛い者の匂いがしたからな。話を切り上げて彼女を帰らせたのだ。
島津 裕道
島津 裕道
匂い、ねぇ。
裕道は少し口角をあげて言った。
島津 裕道
島津 裕道
…斬りたかったら斬れよ。斬れるもんなら-。
そう言って裕道は腰の刀に手を触れる。
すると浬はさっきまで突き刺していた刀を静かに閉まった。
島津 裕道
島津 裕道
…いいのか。斬らないで。
浬
…聴かれてしまったのなら仕方ない。見逃してやろう。
島津 裕道
島津 裕道
へぇ。意外と優しいんだなあんた。
浬
勘違いするな。お前があの娘の連れでなかったら斬っておった。
島津 裕道
島津 裕道
安心してくれ、俺はあんたの敵じゃない。このことは黙っておいてやる。それに、烏丸革命隊のことは俺も結構前から知っている。お前の昔がどうとか関係ねぇよ。この敷地にいる者すべて今は仲間だ。もっと周りを頼れよ。
浬
・・・
島津 裕道
島津 裕道
まっ、俺は認めても、東堂さんや十五郎さんがなんというかはわかんねぇ。
…お前が決めたことなんだろ。なら、お前の道を生きればいい。
俺が指図する権利はないと思ってる。
すると浬は下を俯きながら呟くようにして言った。
浬
…お前は…私が憎いか。
島津 裕道
島津 裕道
浬
私が元烏丸の一員で、拾われた身の癖にして、裏切って欺き通そうと知って、私が憎いか。
すると裕道は迷う素振りもなく即答で答えた。
島津 裕道
島津 裕道
話を聞いたとき、そりゃあ多少はそう思ったけど、月宮が大切っつー気持ちがあるんならお前は俺らと一緒だ。お前はここにいていいと思った。それだけだ。
一瞬、驚いたように目を見開いた浬だが、静かに「...そうか。」と呟いた。
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翌日。
遊郭から戻ると、屯所は何やら騒がしかった。
その理由は疑わしいような事情だった。
島津 裕道
島津 裕道
十五郎さんが、殺されるかもしれない。
それは、佐幕派である我々月宮団の団長である十五郎さんの命が倒幕派の藩により狙われているという事だった。
諸星 明日香
諸星 明日香
そんなっ...!!どうするん!?
島津 裕道
島津 裕道
今夜、三条大橋を渡ったところにある旅館でやつらは密会をするらしい。そこに攻め込む。
諸星 明日香
諸星 明日香
しまも?
島津 裕道
島津 裕道
当たり前だ。...あの人を殺されてたまるか。
諸星 明日香
諸星 明日香
行かんとって!!
私はしまの裾をぎゅとにぎって強く言った。
諸星 明日香
諸星 明日香
危険すぎる...っ!私かて、しまに死なれたら困る!!
島津 裕道
島津 裕道
明日香...
こんなこと、言ったってしまが聞かないことなんか分かってる...。
しまを余計に困らせるだけだってことも。
島津 裕道
島津 裕道
...俺はひとりで戦うんじゃない。実力のある人が何人もついているんだ。心配すんな、必ず生きて帰る。そんで、十五郎さんを守る。
しまは切なげに笑顔を見せた。
諸星 明日香
諸星 明日香
ほっ、ほんなら...無理せんとってな...。待ってる!
島津 裕道
島津 裕道
あぁ。
そうして30分後。月宮団一同は後ろに大きく「志」と書かれた黄色と黒の羽織をまとい、戦場に向かった。
私はただひとり、静かな屯所の縁側に座り、赤い月を見ていた。
すると、中から多賀良(たから)さんが出てきた。
多賀良さんは月宮団の書記のような役目の方で、優しく朗らかな60歳くらいの素敵な男性だ。若い頃は隊士であったが現在は今回のような激しい戦には出ず、誰も居ない屯所の留守番を頼まれているらしい。


多賀良 勘助
...今夜は珍しく月が紅いですね。
諸星 明日香
諸星 明日香
...そうですね。なんだか嫌な予感がします...。
多賀良 勘助
...大丈夫です。きっと彼らなら月宮を救ってくれます。
諸星 明日香
諸星 明日香
多賀良さんはいつもこうして戦のときは帰りを待っているんですよね...。やっぱり落ち着かない気持ちなんですか?
多賀良 勘助
そうですね。でも勝つと信じて待っています。...また、月宮団は多くの人間から反感をかっています。いつどこで誰に攻め込まれようとも気が抜けません。彼らがいなくなった月宮寺の留守を守ることも私の任された大事な役目でございます。
...それに、きっともうすぐすると、彼が来ますし。
諸星 明日香
諸星 明日香
え?彼って...
すると突然足音がして、黒の服装に身を包んだまるで忍びのような格好をした男が私たちの前にやってきた。そして片足を膝につけ、立てている方の足に手を置いた。
諸星 明日香
諸星 明日香
-?!?!何者ですかっ!?多賀良さん!
多賀良 勘助
出雲くんですよ。伝令を伝えに来てくれたんですね。何と?
榊 出雲
榊 出雲
はっ。本命は朱紗屋(つかさや)と思われます。朱紗屋の軍の幹部には十五郎さんと緋山さん、島津、白夜が率いています。少々苦戦かと思われますが。
なんだ、出雲くんか...。
伝令の仕事をこなす時はこんなかっこいい格好するんだ...。なんかギャップ(?)に心がやられる。

たしか、本命の朱紗屋ともうひとつ疑わしいとされた駒井屋の二手に分かれたんだ。

駒井屋には、東堂さん、金城さん、染川さん、浬さん、九十九さんの5人の幹部がいるのだ。
確率的に低いと思われていた朱紗屋には十五郎さん、緋山さん、しまと白夜さんの4人しか幹部はいないのだ。(その他数十人の後衛隊士)
この人数の上に標的となっている十五郎さんがいる軍となると厳しい。
多賀良 勘助
まさか、朱紗屋だったとはな...。後衛の隊士達も駒井屋のほうが人数は多い。早急に駒井屋軍に応援の報せを頼む。
榊 出雲
榊 出雲
はっ。
諸星 明日香
諸星 明日香
どうしよう、朱紗屋にはしまがいる...!
不安で頭が真っ白になりそうだ。
多賀良 勘助
くそっ、本命と分かっているのに朱紗屋軍がまだ待機しているなんて歯がゆい...!早く報せを送りたいのだが伝令の手が足らんとは...。
諸星 明日香
諸星 明日香
確か、朱紗屋って先斗町近くですよね...?私、伝令として伝えに行きます!
多賀良 勘助
しっ、しかし危険だ!!ここは出雲くんに任せよう!
諸星 明日香
諸星 明日香
自分の身は自分で守ると言ったはずです!私にやらせてください!報せを伝えたら引き返します!
榊 出雲
榊 出雲
明日香、俺とは三条大橋で別れる。あとは気をつけて行くんだぞ。
諸星 明日香
諸星 明日香
うん、分かった。
多賀良 勘助
...そうか、頼んだぞ二人とも。
私と出雲くんは頷いて、走り出した。
《朱紗屋》
倒幕派の藩の武士が2階から顔を出し、あたりを確かめてからそっと窓を閉めた。
その下の細い道に息を潜める隊士達。
白夜 和丸
白夜 和丸
...どうやらこっちが本命みたいだな。
緋山 圭
緋山 圭
どうします?十五郎さん。入っちゃいますか?
鷲十五郎
しかし出雲からの報せがまだだからな...。
島津 裕道
島津 裕道
ったく、よりによって人数が少ないこっちが当たりなんてついてねぇ...。
裕道は明日香の顔を想像させて拳をぎゅっと握りしめた。
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諸星 明日香
諸星 明日香
はぁっ...!はぁっ...!
榊 出雲
榊 出雲
明日香、こっからはひとりだ。くれぐれも不逞浪士には気をつけろ。
諸星 明日香
諸星 明日香
うん、出雲くんも気をつけてね!
榊 出雲
榊 出雲
あぁ、すぐそちらに向かう!
そう言って私と出雲くんは別れてそれぞれの店に走った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は急いで朱紗屋に向かった。
すると道の途中で、何やら怪しい武士達と目があった。
諸星 明日香
諸星 明日香
こんなところで何をなさっているんですか。その羽織、もしかして、巷で噂の倒幕派武士の方ですか。
武士A
...貴様は佐幕の人間か。ここから先は通さん。
そう言って3人の武士達は一斉に刀を抜く。
私も腰につけた刀を両手でしっかり握りしめた。
武士A
おりゃぁぁぁー!!
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《駒井屋》
東堂 勝利
東堂 勝利
くそっ、伝令はまだか!
金城 春正
金城 春正
時間的に厳しいぞ東堂さん!もう攻め込もうぜ!?
染川 葵
染川 葵
早まるんじゃねぇハル!出雲ならきっと来る!
九十九 京助
九十九 京助
東堂さん。もうしばし待ってみましょう。
東堂 勝利
東堂 勝利
しかしだなぁ...
すると後ろから「伝令!」という出雲の声が聞こえた。
金城 春正
金城 春正
出雲!
浬
来てくれると待っておったぞ。
榊 出雲
榊 出雲
本命は...朱紗屋です!
出雲は息をきらしながらはっきりと言った。
染川 葵
染川 葵
っ!まじか...!
東堂 勝利
東堂 勝利
了解した。すぐに朱紗屋に向かうぞ!!
隊士達は頷き、走り出した。
榊 出雲
榊 出雲
(上手くやれよ...明日香...!!)
長くて紅い宵月の悲劇は続くのだった-。

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