第19話

犯人の正体
6,642
2021/09/10 09:00

ひんやりとした冷や汗が背中を伝う。

先生から逃げようと必死に身体をよじるけど
やっぱり縄はほどけない。
本郷 幸人
本郷 幸人
無駄ですよ
ヘタに動くと
腕を傷つけますよ
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
先生…どうして…
本郷 幸人
本郷 幸人
どうして、ですか
ピリリ…とまたスマホから着信音が鳴った。
本郷 幸人
本郷 幸人
まったく邪魔ですね
先生はスマホをコンクリートの地面に置いて
バキッ!!と踏みつけた。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
そんなっ!
本郷 幸人
本郷 幸人
もう諦めて下さい
すでに気づいているはずですよね?
私の正体に
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
そんなの…
分かりません

いや、正直に言うと小さな不信感はあった。

でも私はそれをあえて
見て見ぬ振りしていたのかもしれない。


だって普通、人は人を信じるものだから。
本郷 幸人
本郷 幸人
ひなたさんには
特別に教えてあげましょう

先生はピッと小さなリモコンを操作する。

すると眩しい光とともに倉庫の壁に
とある写真が映し出された。

それは見るも無残な死体の写真だった。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
ひっ!
本郷 幸人
本郷 幸人
目を逸らさないで下さい
この方は私の初めての作品でした
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
作品…?

ピ、ピ、ピ。

次々と映される残酷な写真。
本郷 幸人
本郷 幸人
この方は最後まで
家族を呼んでいました
本郷 幸人
本郷 幸人
この方は泣いてすがって
何でも言うことを聞くと言いました
本郷 幸人
本郷 幸人
そしてこの方は案外すぐに
心が折れたのでまるで
マネキンのようでしたよ
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
もうやめて!!

目を閉じてそう叫ぶと、耳元で先生が囁いた。
本郷 幸人
本郷 幸人
さすがにお気づきかと思いますが
私が例の連続殺人犯です
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
っ!

喉元まで出かかった悲鳴を
ぐっとのみこんで先生を睨む。
本郷 幸人
本郷 幸人
ああ、いいですね…
その反抗的な顔!!!
興奮気味に先生は
ポケットから小さなナイフを取り出した。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
な、何をするつもりですか!?
っいや!!

ピタリと冷たい刃先が頬を滑る。
恐怖で身体が動かない。
本郷 幸人
本郷 幸人
怖いですか?怖いですよね
私がなぜあなたに
近づいたかわかりますか?
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
分かるわけ…
本郷 幸人
本郷 幸人
黒瀬くんですよ
彼を初めて見た時思ったんです
私と同じサイコパスだと!
本郷 幸人
本郷 幸人
だから純粋そうなあなたを
利用して彼が犯人だと刷り込み
この事件を全て彼のせいに
してしまおうと考えたんです
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
そんなっ!
本郷 幸人
本郷 幸人
でも誤算でした
あなたは彼のことを本気で
好きになってしまった…
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
え…?
本郷 幸人
本郷 幸人
あれ?
もしかして自分の気持ちに
まだ気づいていないんですか?
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
自分の気持ち…
本郷 幸人
本郷 幸人
初めて講演会で会ったときは
それなりに心の距離があったのに…
今では彼にすぐ助けを求めるほど
好きじゃありませんか
そう言われて初めて
何かがストンと腑に落ちた気がした。

そっか、私…
きょーちゃんのこと好きだったんだ。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
自覚したからか
こんな状況なのに顔がカッと熱くなった。
本郷 幸人
本郷 幸人
まぁそもそも
私は犯罪心理学者です
警察の内部に入り込んで
信用も得ていますから
今更疑われたりはしませんが
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
いたっ

彼への感情に浸るヒマもなく
先生は私にナイフをつきつける。
本郷 幸人
本郷 幸人
はははは!痛いですか?
お楽しみはこれからですよ

先生は私からすっと離れ、三脚をセットし始めた。

多分、撮影用のビデオカメラだろう。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
(どうしよう!
とにかく時間を稼がなきゃ…!)

鼻歌を歌いながらカメラをセットする先生に
恐る恐る問いかける。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
ど、どうして
人を殺すんですか?
本郷 幸人
本郷 幸人
これはただのゲームですよ
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
ゲーム?
本郷 幸人
本郷 幸人
私は人の人生にもゲームのように
「選択」と「分岐」があると
思っているんです
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
人は死んじゃったら
ゲームみたいにリセット
出来ないんですよ
ゲームと同じだなんて
…最低です
本郷 幸人
本郷 幸人
最低で結構
あ…そう言えば
ひなたさんにも分岐は
存在していたんです
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
え?
本郷 幸人
本郷 幸人
さっきあなたが
黒瀬くんに助けを求めなければ
私はそのままあなたを
逃していました…
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
そんな勝手な…
本郷 幸人
本郷 幸人
あなたは選択ミスをしたんですよ
残念、デッドエンドです

そう言って先生はにこりと笑顔をみせた。
本郷 幸人
本郷 幸人
さて、時間稼ぎに付き合うのは
もうやめましょう
死に方は選ばせてあげますよ
時間稼ぎもお見通しだったみたい。

そっか。
私、ここで死ぬんだ…。


コツリ…コツリ…と
先生はナイフを持って私へと歩をすすめる。
本郷 幸人
本郷 幸人
苦しいのがいいですか?
それとも泣き叫ぶほどの
痛みがほしいですか?
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
(嘘でもきょーちゃんに
好きって言っておけばよかった…)

でももう全部遅い。

振り上げられるナイフ。

ぎゅっと目を閉じた次の瞬間​───
遠くでパリンとガラスが割れる音が聞こえた。
本郷 幸人
本郷 幸人
ちっ!くそ!
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
ひなたっ!
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
きょーちゃん!?


待ちわびた彼の声が聞こえた。

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