じっと鋭い瞳に見つめられ、まるでヘビに睨まれた
カエルのように動けなくなった。
何も答えられず
ただ、つーっと冷や汗が背中を伝う。
急かすように彼が言う。
彼の顔がぐっと近づき
血のように赤い瞳に囚われる。
こ、こんなの、選択肢は「Yes」か「はい」しか
ないじゃん……!!
蚊の鳴くような声で返事をした。
彼はそれを聞き逃さなかった。
無表情からぱっと笑顔に変わった彼に
ほっと安心して息をつく。
乾いた笑い声が漏れた。
そう静かにつぶやかれた言葉にまた背筋が凍った。
ヤ、ヤバい……!
やっぱり私、断るべきだった!?
早くも後悔が押し寄せてくる。
でも今更訂正なんてできっこないし
何より彼はとても嬉しそうだ。
ごく自然に手を引かれ、並んで歩く。
そうだ……。
そう言われ、突然彼が
引っ越した時のことを思い出す。
なぜか寂しくて居てもたってもいられず
手紙を何通も送ったんだっけ?
一度も返事は返ってこなかったけど。
焦ったように彼はそう言って急に押し黙った。
そしてゆっくりと話し始める。
彼は撫でてほしいというように
背を少しかがめて頭をこちらに傾けた。
恐る恐る艶のある黒髪を撫でると
嬉しそうに彼は笑う。
色んなことが納得いくと同時に
努力してまで私に会いに戻ってきたと思うと
なんだか急に顔が熱くなった。
戸惑いの中に淡く胸が疼く。
そんな感情に浸っていたその時────。
道端に何か小さな毛玉のようなものが
転がっているのを見つけた。
急いでかけ寄ると、一匹の子犬が
ひどい怪我をして息絶えていた。
彼がぐっと私の手を引いて
私をその場から引き離した。
彼の言葉で過去の記憶が蘇った。
それは私にとっての一番の悲しい記憶。
今でも思い出すだけで涙が滲む。
悲しむ私を見て
なぜか彼は満面の笑みを浮かべていた。
彼への不信感がどんどん募っていく。
違う、そうじゃないよ。
とってつけたように謝る彼。
そばで話しているはずなのに
なぜか彼がすごく遠くにいるような気がした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!