第2話

選択肢は「Yes」か「はい」で
24,459
2021/05/14 10:10


黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
俺に殺されるのと、俺と付き合うの
どっちがいい?
じっと鋭い瞳に見つめられ、まるでヘビににらまれた
カエルのように動けなくなった。

何も答えられず
ただ、つーっと冷や汗が背中を伝う。
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
殺されたくないよね?
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
じょ、冗談でしょ?
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
さあ?
でも、俺の彼女になってくれたら
殺さずに誰よりも大事にしてあげるよ
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
で、答えは?
急かすように彼が言う。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
こたえ?
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
そう、Yes?それとも……

彼の顔がぐっと近づき
血のように赤い瞳に囚われる。

こ、こんなの、選択肢は「Yes」か「はい」しか
ないじゃん……!!
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
はい……
蚊の鳴くような声で返事をした。
彼はそれを聞き逃さなかった。
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
よかった!
ひなたならそう言って
くれると思った

無表情からぱっと笑顔に変わった彼に
ほっと安心して息をつく。
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
はは!おびえすぎ!
殺すなんて冗談に決まってるのに
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
あ、はは…だよね
乾いた笑い声が漏れた。
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
でもひなたの怯えた顔
可愛かったな…
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
食べちゃいたいくらい

そう静かにつぶやかれた言葉にまた背筋が凍った。


ヤ、ヤバい……!
やっぱり私、断るべきだった!?


早くも後悔が押し寄せてくる。

でも今更訂正なんてできっこないし
何より彼はとても嬉しそうだ。


黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
ほらはやく帰ろ!
ごく自然に手を引かれ、並んで歩く。
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
そういえば
小さい頃もこうやって
手を繋いで帰ったっけ?
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
え?あ、うん…

そうだ……。

そう言われ、突然彼が
引っ越した時のことを思い出す。

なぜか寂しくて居てもたってもいられず
手紙を何通も送ったんだっけ?

一度も返事は返ってこなかったけど。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
えっと、私が送った
手紙届いてた?
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
え?て、手紙?
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
うん、何も言わず突然
引っ越しちゃったから
お家の人に住所を聞いて
手紙を送ってもらったんだ
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
あー……
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
返事がないから
私のことなんてすっかり
忘れてると思ってたんだけど
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
それはないっ!

焦ったように彼はそう言って急に押し黙った。
そしてゆっくりと話し始める。


黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
俺の親父って、その……
財閥の社長なんだけど
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
知ってるよ
この前も雑誌に載ってたし
有名人だよね
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
うん
だけど、兄貴に比べて
俺には特に厳しくてさ
「同じレベルの人間とつき合え」
ってのが親父の口癖だったんだ
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
同じレベル?
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
ああ、親父の言うレベルってのは
持ってるお金とか地位のこと
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
なにそれ
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
おかしいよな
でも家では親父がルールだから
あの頃、本当はひなたと会うことも
禁止されてたんだ
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
え!?
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
実は、親父の目を盗んで
こっそり会ってたんだ
だからひなたの手紙も親父が
渡さず勝手に捨てたんだと思う
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
そ、そうだったんだ
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
でも今は親父に認められるほど
努力して日本に帰ってきたんだ!
だからひなた、俺のこと褒めて?
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
へ!?

彼は撫でてほしいというように
背を少しかがめて頭をこちらに傾けた。

恐る恐る艶のある黒髪を撫でると
嬉しそうに彼は笑う。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
(なんだ、そうだったんだ…)

色んなことが納得いくと同時に
努力してまで私に会いに戻ってきたと思うと
なんだか急に顔が熱くなった。

戸惑いの中に淡く胸がうずく。

そんな感情に浸っていたその時​────。


道端に何か小さな毛玉のようなものが
転がっているのを見つけた。

一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
あ、あれって……!

急いでかけ寄ると、一匹の子犬が
ひどい怪我をして息絶えていた。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
こんなっ!ひどい!
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
どうせ事故だろ?
そんなの放っといて行くよ

彼がぐっと私の手を引いて
私をその場から引き離した。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
ちょっと!
あのままじゃ可哀想だよ!
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
でもアレ、もうゴミじゃん
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
ご、み……?
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
そう…市役所に電話して
回収してもらっても
最後はゴミとして処分されるから
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
そんな言い方やめて!
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
ああ、そっか
そういえば、ひなたが飼ってた犬も
事故で死んじゃったんだっけ?

彼の言葉で過去の記憶がよみがえった。

それは私にとっての一番の悲しい記憶。
今でも思い出すだけで涙がにじむ。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
ポン太……
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
……
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
え…?
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
どうして笑ってるの?

悲しむ私を見て
なぜか彼は満面の笑みを浮かべていた。
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
え!?あぁ…ひなたを
悲しませたくなくて
じゃなくて、あれ…?
俺、表情間違えたかも
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
表情、間違えた?
彼への不信感がどんどんつのっていく。
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
あ!そうだ!
これからは俺がポン太の
代わりになるからさ
それでいいよね?

違う、そうじゃないよ。
一ノ瀬 ひなた
一ノ瀬 ひなた
ポン太の代わりなんて
どこにもいないから…
黒瀬 恭平
黒瀬 恭平
えっと……そっか?
俺、あんまり人の感情とか
わかんなくてさ、なんかごめん

とってつけたように謝る彼。

そばで話しているはずなのに
なぜか彼がすごく遠くにいるような気がした。



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