第5話

第五話 蜜柑
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2022/09/24 14:10
朝美
朝美
春、大丈夫?
白いカーテンをそっとあけて、そっと呼びかけてみる。椅子に座っていた蓮が、少し体をこちらに向けた。
そのすぐそばのベッドがこんもりと膨らんでいる。
蓮
だいぶ体温下がったところ
保健室共通の、消毒っぽい独特な匂いが鼻をつんと刺す。
湊
よ、よかったあ!!!
蓮
寝てるから。静かにして。
朝美
朝美
寝ちゃったの?
蓮
うん
私と湊は、遠目から、あくまでも控えめに、春の寝顔を確認する。
湊
めちゃくちゃ気持ちよさそうに寝てるじゃん、俺も寝たい☆
蓮
あんま見んなよ
湊
俺保健室のベッドで寝たことないんだよなー!
蓮
羨ましそうに言うけど、ここは病人が寝るところだぞ
とりあえずよかった、重症じゃなくて。
朝美
朝美
春はどんな感じだった?
結局、倒れた春は蓮に支えられるようにして保健室に連れて行かれた。ゲームが終わった今、私と湊が急いで駆けつけたとこ。
蓮
多分、熱中症。水飲んで、冷やしたタオル当てたらだいぶ落ち着いた。
湊
そっか、よかった……
湊
…はっ!タオル!!!
蓮
は?
湊
タオル体育館に忘れた!!!
取ってくる!って言った時には保健室を飛び出していた。
途端に空気がしんと静まる。
蓮
あいつがいないとこんな静かなんだな
朝美
朝美
そういう人、クラスに1人はいるよね
そしてまた、春の寝息が聞こえるだけになった。
ふと視線を移すと、蓮が優しく春を見つめている。
朝美
朝美
私、何か食べ物買ってくるね
じりじりと入り口に体を近づける。
蓮
そっか、もうそんな時間か
朝美
朝美
何か、欲しいものある?
蓮
いや、特にないけど
朝美
朝美
ん、じゃっ、行ってくるね
蓮
気遣ってんの?
扉に手をかけたところで、一瞬止まる。けどすぐ開ける。
がらら。
朝美
朝美
ううん、別にそういうんじゃ
蓮
また引き止められる。 
でも、今度は呆れたような声。何、その声。
蓮
もっと自分にも気を遣えよ
朝美
朝美
……自分に気を遣う?
思ってもいなかった言葉が蓮から飛び出た。
発された言葉たちは、すぐに部屋の中で消えていく。蓮は静けさから逃げるように、視線を床に落とした。

どういうこと?私はただ、蓮と春を2人きりにしたいんだよ。
朝美
朝美
いきなり、何言ってるの
蓮
朝のさ
何気なく言葉を遮る蓮が、少し怖い。
せめてこっちを見て話してほしい。
蓮
自分より相手のことを考えて動くところ、今も変わんないのな
それの、どこがダメなの。
思わず抗議したくなるくらい、蓮の言葉には諦めの色が塗られていた。
蓮
俺はさ、2人がうまくいくといいなって、ずっと思ってるんだよ。
朝美
朝美
2人って
蓮
朝と湊のことだよ
どくん、と嫌な音が胸に広がる。
学生時代を語れと言われて、いい思い出ばかりの人はいないと思う。もちろん、傷のない学生時代だってどこにもないと思うけど、ここで、蓮に、そんなセリフを言われると、堪えるものがある。
きつい、やめて。
朝美
朝美
私は
思いが渦巻く。
朝美
朝美
私が好きでやってることだから
渦の中から上手く言葉を拾えない。
蓮
そうか
蓮が、組んでいた足を組みかえる。
蓮
頑張れよ
そこでやっと私と目が合う。
今度は目線を床に落とさない。
しばらく、目を逸らせなかった。
すごく真剣な目をしてたから。
朝美
朝美
うん、ありがとう
私は笑った。空気がやっと和らいだ。
言葉にできない思いが、目と目で交わされたみたいな感じがした。

蓮は、よく周りを見ている。まあ、湊があんな感じだから、その反動で身についた観察力だろうな。
朝美
朝美
蓮はさ、春のどんなところが好きなの?
蓮
えっ何いきなり
朝美
朝美
単に聞きたくなっただけ
蓮
本人いるんだけど
朝美
朝美
いや寝てるから大丈夫
蓮
そういう朝は?
朝美
朝美
えっ
まさか質問返しされるとは。
朝美
朝美
わ、たしは…えっと…
蓮
俺は春花が笑ったところが一番好き
朝美
朝美
えっなになに早口すぎて聞き取れなかった
どさくさに紛れて言ったな、この人。
蓮
一回しか言わない
朝美
朝美
ふーん、だってさ、春!
布団の山が、ごそごそと動いた。
蓮
えっちょっ
春花
春花
ふふっ
春は起きていた。蓮が、頑張れよ、と言ったあたりから。
私も、観察力には自信がある方なんだよね、と2人に向かってニッと笑ってみせた。
蓮はむすっとするも、すぐにはっとした顔になった。
蓮
湊、ちょっと遅くない?

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