第120話

When I’m Honest, You (Draco.M)
430
2026/03/21 11:00 更新













ホグワーツを卒業してからも、
定期的に顔を合わせる友人たちはたくさんいる。

気の合う人達だ。








今もなお友情が続いているなんて、私はなんて恵まれているのだろうと感謝している。

その中の一人の友人には、本当によく会う。








会うのは、決まってこういう場所だ。







カウンターの奥ではグラスが静かに磨かれ、氷が触れ合う鋭い音が時折響く。

シェイカーが振られるたび、リズムのある金属音が音楽に溶け込んだ。





流れているのは、会話を邪魔しない程度に抑えられたジャズ。会話の間を埋めるように空間に鳴り響いていた。





客たちの笑い声はどこか遠く、はっきりとは聞き取れない。それがかえって心地よく、それぞれの世界を保っていた。

笑い声と、人の熱気と、酒の匂いが混ざり合う。








その夜も、私たちはバーの奥の席にいた。








私は今日あった出来事を、
とりとめもなく話し続けていた。





そして、その隣で頬杖をついているのは、

ドラコ・マルフォイ
私の友人の一人で、一番気の合う友人だ。








しかし、私が一人はしゃぎながら話し続けている間、視線はこちらに向いているようで、どこか遠くを見ているようでもあった。


聞いているのか聞いていないのか分からない、いつもこの態度である。















『え、ねぇ聞いてる?』















私は肩を少し強めに叩いた。

すると彼は、水滴のついたグラスを手に取り、一気に喉に流し込むと、空になったそのグラスを静かにテーブルの上に置いた。














「なぁ」














ようやく口を開いた彼は、ゆっくりと視線をこちらに戻した。ため息をひとつ落としてから、ぼんやりと私を見る。
















「どうして酔ってるときしか会ってくれない?」















その言い方は、まるで少し拗ねた口調のように思えた。






私は考えるように天井を眺めた。

アルコールのせいで視界がゆらゆらと揺れて、吊るされたランプの光が滲む。





火照った頬。
少し汗ばむ首筋。

思考は、アルコールに柔らかく溶けていく。
















『んー。だって
 酔っ払ったら誰かに会いたくならない?』
















軽い調子で笑いながら答えると、すぐ隣で彼の深いため息が聞こえた。

テーブルの上に突っ伏すように体を預け、気怠そうにこちらを見た。














『な、なに』

「別に」













そう言って、また頬杖をつきながら私を見つめた。

その後も私が話す内容に対して、彼は相槌とも呼べないような曖昧な反応を返すだけだった。





まるで退屈ですと言わんばかりの態度だが、それでも別に帰りたがろうとしない。私に付き合わされているというだけで、彼も何だかんだ何も言わずここにいるし。

帰りたいなら、もうとっくに帰ってるだろうし。





って、
思うようにしてこの男にとことん甘えている。







私は酔っ払った時に決まって呼びつけるのは彼だ。それを彼は不服に思っているらしい。

申し訳ないとは思うが仕方ない。
一番気の合う友人の宿命だ。












まぁ、そんなこんなで気怠そうに私を見てくる男と、いつもと何ら変わりない時間が過ぎていく。





ふと、一体どれくらい話したのか気になって、後ろの壁の掛け時計に目をやった。

そのとき視界の端に見慣れた影と、同時に懐かしい声がした。
















「おー、あなたじゃん
 相変わらずドラコも一緒か〜笑」

















振り向くと、数ヶ月ぶりに会う友人が立っていた。
懐かしさに一気に熱が上がる。


思わず椅子から立ち上がり、勢いのまま友人の両手を掴むと、子供のように上下に大きく振った。
















『きゃー!久しぶり!!
 元気してた!?』
















再会の高揚に任せて気持ちが舞い上がったせいで、勢いのまま友人に抱きつこうと両手を伸ばした。

しかしその瞬間、突然後ろから彼の手が伸びてきたかと思うと、そのまま肩をぐいっと引っ張られた。



友人から引き剥がされるように、「大人しくしろ」と言わんばかり表情をされながら椅子に引き戻された。
















「はは、お前も大変だな」















友人が苦笑しながら、彼を見た。














『えー!なにそれ〜
 私がドラコに迷惑かけてるみたいじゃん』


「……かけてるだろ」


『うそ、かけてたの?』


「……たぶん」


『ふーん、じゃあもう帰るもん』
















そうわざとらしく言って、椅子の背もたれにかけてあった自分のショルダーバッグを掴む。

ふらつく足で立ち上がり、財布からお金を取り出すとカウンターへ置いた。















『迷惑ならもう誘わない!!』















そのまま背を向けた。

面倒な女だと思うだろうけど、これは完全にアルコールのせいだった。大人の世界ならよくあることだ。



しかし、数歩も進まないうちに、背後から腕が伸びてきて私の腹部に回された。ふわりと引き寄せられ、わたしの背中が彼の胸に触れた。

抗う間もなく、彼の腕の中に包み込まれていた。














「もういいから、とりあえず座れ」














呆れた声が、耳元の近くで落とされた。














『ふふ
 ほら、やっぱり迷惑だと思ってないじゃん』














くるりと振り返ると、私はそのまま彼に抱きついた。
それに彼はまた深くため息をついた。















『楽しいもんね、ドラコも
 私も楽しいよ!ねー?』














顔を上げてふにゃりと笑ってみせると、彼は眉間に手を当てた。その仕草を見て、友人は肩をすくめて苦笑した。














「頑張れよ、お前
 相当苦労してんな」















そう言い残して、友人はその場を去ろうとする。














『えー!
 もう帰るの?一緒に飲もうよー!』














遠ざかる背中に名残惜しさを込めて声を張ると、















「明日早いからな〜。今日は無理だわ!
 それに、2人でいるほうがいいっしょ〜」















私たちに振り返ることもなく、ひらひらと手を振って扉の向こうへ消えていった。

さっきまでの賑やかさが嘘みたいに引いて、かなり酔っ払ってるくせに急に慌ただしく動いてしまったせいか、急に疲れがドッと降りかかった。















『……つまんない
 酔いさめちゃう』















拗ねるように彼の胸に額を押しつけると、彼は呆れたように笑いながら私の頭を軽くぽんっと撫でた。















「お前は少し酔いを覚ましたほうがいい」


『……酔ってるかな、わたし』


「あぁ」















呆れながらも私の全てを受け止めてくれる彼には、本当に感謝している。









その後は、いつもと変わらない時間が流れていく。

やはり相変わらず私が一方的に話し続け、彼は頬杖をついたまま同じペースでグラスに口をつける。

私より何杯も多く飲んでいるというのに、全く表情が変わらない。酔うどころか、わたしの話を黙ってずっと聞いてくれた。


 


それが妙にいつも心地よくて、気づけば時間は過ぎていく。そして、今日も夜遅くまで付き合わせてしまった。




23時50分

閉店が近づき、店内の客足もまばらになっていく。








私がいつものごとく駄々をこね始める時間だ。




『帰りたくない』
『奢るからもう一軒行こう』

ずっとそう言い続けて彼を困らす。








さっき勢い任せでカウンターに置いた私のお金は、気づけばバッグへ返されていた。

何度も払うと言っているのに、彼はいつも受け取らない。









今日こそは、と本気で思っていたはずなのに、結局また彼に負ける。

会計を淡々と済ませる彼の背中に、ひたいを押しつけたまま子どものようにぐずった。















『帰りたくな〜い』















何度も繰り返す言葉。

彼が店員とやり取りをしている合間にも、構わず話しかけた。














『ねぇねぇ、聞いてる?
 今日も楽しかったね』


「……はい、カードで」


『ドラコ〜、帰りたく…』


「あなた、少し静かにしてくれないか
 ……すみません、迎えを一台用意してもら…」


『ねぇ、帰りたくないー!』


「ち、ちょっと待ってくれ
 ……はい、一台で大丈夫です」















彼は私の言葉を器用に受け流しながら、迎えの車を手配してくれた。








店の外へ出ると夜の空気は少し冷たく、頬に触れる風が酔いをわずかに引かせる。

私は相変わらず彼に話しかけ続けた。















『やっぱりもう帰るの?』















人や車の気配が行き交う通りの中、足元は少しおぼつかない。ふらつく私を心配して、彼は周囲へ視線を巡らせた。
















「危ないから、黙ってじっとしてろ」


『無視するからだよー』


「帰ると言ってるだろ
 それ以上飲もうとするな」
















そう言うと、彼は見兼ねたように私の手を取った。



指が自然と絡み合う。

私の身体がよろけるたび、重ねた彼の指の力が強くなる。何度も指を絡め合うように、どちらともなく手を重ねた。
















『どらこ、手あったかいね
 ずっと繋いでてよ』
















へらへらと笑いながら言うと、彼は私を見つめた。

視線が絡む。
その瞬間、空気がわずかに変わったのがわかった。

酔っていても、それくらいは感じ取れた。








何も言わず黙って私を見つめてくるこの時間があまりにくすぐったくて、思わず息をのんだ。









右手は繋がれたまま反対の手が、
そっと私の頬に触れる。

彼に引き寄せられるまま、顔が近づいた。





視界いっぱいに、彼の瞳が映る。
息を呑むほど静かで、深い色をしていた。















「……どうせ明日の朝になったら
 覚えてないんだろ」















低く、かすれるような声が耳元に落ちた。



彼の指先がそっと伸びて、乱れた私の髪をすくい上げる。ためらいがちなその動きは、どこか慎重で、触れること自体を私に確かめているようだった。









ふわりと、髪が耳へかけられる。
その瞬間、彼の吐息がすぐ近くに感じた。

温度が伝わってくるのだ。















「僕の気も知らないで、お前は本当に……」














言いかけた言葉は途中で途切れたまま、代わりに彼の視線がゆっくりと絡む。

どちらかがほんのわずかに動いてしまえば触れてしまうほどの近さに、時間の流れだけがゆるやかに歪んだように感じた。









周囲のざわめきが、ふっと遠のいていく。

通りを行き交う人の気配も、車輪の音も、夜風に揺れる街灯の明かりさえも、どこか現実味を失っていく。





視界の中心にいるのは、ただ一人。





彼の影が更に近づき、もう避けることも言い訳をすることもできない距離だった。













しかし、時間が止まったように、彼の動きが突然ぴたりと止まった。

触れるはずだった唇は、最後の数ミリを残して届かないまま置いていかれた。









呼吸の気配だけが、やけに近くにある。

やがて沈黙のあと、彼は何かを断ち切るようにゆっくりと身を引いた。















「……ごめん、忘れてくれ」














低く落ちたその声には、さっきまでの揺らぎが微かに混じっていた。

離れたはずなのに、頬に残る手の感覚だけが妙に鮮明で、まるでまだ触れられているような錯覚さえ覚えた。









彼は私と距離を取るように、反対の方へと顔を背けた。

そのなのに繋がれた手だけは離してはくれなくて、指先に感じる彼の体温がやけに優しかった。












迎えの車が来るまでの間、彼は一言も話さなかった。
わたしもまた、何も言えずにいた。








夜の空気だけが、二人の間を静かに流れていく。街灯の明かりが、足元に淡く円を描いては消えていった。









やがて車が到着し、ドアが開いた。

彼にうながされるまま、わたしは車へと乗り込んだ。当然、彼も隣に座るものだと思っていた。







けれど彼は、そのまま立ち止まったまま言う。
「歩いて帰る」と。







その言葉に思わず車から降りようとした。

だって、こんな遅くまで付き合わせたのは私だし、そのうえ奢ってもらっておいて1人で呑気に帰ることはできなかった。








だから、何度も私は言った。

『一緒に乗ってほしい』
『なら、せめて一緒に歩いて帰る』と。









けれど彼は、どの提案もかたくなに首を横に振った。その様子を見て仕方なく、私は車のシートに身体を預けた。















『……ごめん』














小さく漏れた言葉に、















「どうして謝る?……今日も楽しかった
 家に着いたらすぐ連絡してくれ」















そんな一言に、ほんの少しだけ気持ちが和らいだ。










けれど、まだ心が落ち着かないことが一つあった。
それは彼も同じだったと思う。



運転手が気を遣うように、扉を閉めていいかと恐る恐る尋ねてきた。だから私は、彼を横目で見たあと少し考えて、ゆっくりと小さく頷いた。












ドアが閉まり、静けさが完全に二人をへだてる。
いよいよ、別れがくる直前。



















________コツン、



軽い音が、車の窓を叩いた。
彼だった。








運転手がすぐに気づき、窓を開けた。















『どうし……』














言いかけた私の言葉を遮るように、
彼が静かに口を開いた。















「今度はお前がちゃんと覚えてる時に、
 言いたいことがある」















一瞬、言葉の意味を飲み込めずに問い返す。















『……えっと、それは今じゃだめなの?』














短い沈黙。

彼は、はっきりと首を横に振った。















「だめだ」
















それだけを告げると、彼は運転手に軽く会釈した。














「ありがとうございます、もう大丈夫です」














そう言い残して、車に背を向けた。
それと同時に、車もゆっくりと動き出す。








後ろに流れていく彼の背中が、街灯の光の中で一瞬だけ浮かび上がり、そしてすぐに夜へと溶けていった。
















車内にはエンジンの低い振動だけが淡く響く。



窓の外では街灯の光がひとつ、またひとつと流れていく。ネオンの明かりがガラスに反射して、私の顔の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせては消えていった。









頬の熱が、まだ引かない。
それが酔いのせいじゃないことくらい分かっている。










窓の外をぼんやりと眺めながら、流れていく街路樹や信号の光を目で追う。赤、青、そしてまた暗闇へと変わる色の連なりが、ただ静かに過ぎていく。








手のひらに残る温度を、無意識に指先で確かめる。

さっきまですぐ側にいた彼を思い出す。
呼吸が触れるほど近くて、視線を外すことさえできなかったあの時間。



わたしは小さく息を吐いた。
















『お酒がないと彼に素直になれないの
 ……いい加減やめなよ、自分』

















誰に聞かせるわけでもない呟きが、車内の静けさに溶けていく。




窓に映る自分の顔は情けないぐらいほんのりと赤く染まっていた。

そんな自分を見ながらさっきの彼の言葉や表情が、何度も頭の中で繰り返される。











__今度はお前がちゃんと覚えてる時に、
           言いたいことがある









その言葉に隠された意味を考えるたびに、胸の奥がじわりと熱を帯びる。

わたしはそっと身体をシートに預け、袖で赤い頬を覆うように隠した。










   





『もう酔いなんてさめたから
 ……今日言ってほしかったなぁ』















そんな独り言を夜に残して。



























そして、彼もまた夜道を歩きながら立ち止まった。














「……何してんだ、自分」















低く呟いた声は、夜気に紛れてすぐに消える。




酔っている彼女に言い寄るのは反則だと、今まで理性で本音を押し殺していた。なのに今更理性が崩れそうになった。こんなことは初めてだった。


酔ってない彼女に会いたくて何度連絡しても、理由をつけて断られ、彼女から連絡が来たと喜べば、決まって会えるのは酔っ払ったときだけ。














さっきまでそこにあった彼女の感触。
指先に残る体温。

そして、自分に触れられたときの彼女の表情。








その記憶が、やけに鮮明に蘇る。








無防備な潤んだ瞳に見つめられて、あんなの誰が我慢できるのだろうか。

気づけば、頬にじわりと熱が集まってゆく。















「……そろそろ僕も限界だな」















小さく息を吐き出しながら、夜の街へと背を向けた。



















酔っているときにしか素直になれない女と、
理性に縛られて本音を隠す男。



そんな二人の物語。













しかし、

次に同じ夜を迎えるとき、その距離は今よりほんの少しだけ近づくはずだ。


きっと、恋人になるのもそう遠くはない未来だろう。














【When I’m Honest, You
  〜私が素直になる時、君は〜 】 fin.











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