冬の夜は、街が優しくなる。
イルミネーションが灯り始めて、誰かと並んで歩く理由が自然に用意されているようだ。
道行く人々も浮ついて見える。
声のトーンもどこか明るい。
側から見て私たちもきっと浮ついているように見えるだろう。友人たちと連れ立って歩く帰り道。
散々遊び疲れた私たちは列を連なって、身体を休めるためにカフェを探していた。
誰かの冗談に笑いが起きて、また別の誰かが被せるように話し出す。友人たちの声が、途切れ途切れに耳に入る。
誰がどこに行くとか、次は何を食べるとか。
どうでもいい会話だって、友人たちとなら楽しかった。
そんな騒がしい空気の中、私は恋人に手を引かれながら歩いていた。
しかし、私は周りの話し声に相槌を打ちながらも、私の隣で少しだけ遅れて歩く "彼" に視線をやった。
その相手は恋人ではない。
私の数少ない友人の1人だ。
金色の前髪の隙間から覗く瞳が、街灯の光を受けて淡く揺れる。
______見ないようにしよう。
そう思うほど、視線は引き寄せられてゆく。
恋人に手を引かれるたび、私は勝手に前へ進む。
それなのに、自分の中では逆の方向に何かが進んでいくのをぼんやりと感じていた。
ふと、彼と視線が絡む。
ほんの一瞬目が合っただけなのに、胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいに痛む。
一瞬なのに、やけに長く感じた。
『………冷えるね』
目が合ったことを誤魔化したかったのか、かける言葉を一生懸命探して出た言葉。
声が震えないように、平然を装った。
「12月だからな」
彼はそう言って、コートのポケットに手を入れた。
白い吐息がゆっくり夕方の空に溶けていくのを眺めながら、街の真ん中をただひたすら歩く。
店先からふいに流れてきた音楽。
毎年この時期になると、必ずどこかで流れている。
意識しないふりをしていても、街のほうから思い出させてくるのだ。
____もうすぐクリスマスがやってくる
愛する人と過ごすあの日が。
頭に思い浮かんだ25日という存在、それと同時に彼という存在も無意識に過ぎる。
特別な理由なんてない。
もちろん、ただ友人としてだ。
『そういえばさ。』
彼のほうを見ないまま、前を向いて続けた。
『クリスマスって、誰かと過ごす予定あるの?』
彼は一瞬、考えるように視線を上げた。
それだけなのに、胸の奥がどくんと大きく跳ねる。
これはただの雑談だ。
友達同士の何気ない会話だ。
特別な意味なんてないし、答え次第で何かが変わるわけでもない。そう思えば思うほど、彼の返事を待つ時間がやけに長く感じた。
しかし、
「ここのカフェに入るんだって」
その返事を聞く前に、恋人に手を力強く引き寄せられた。引っ張らなくたって声をかけてくれればいいのにと思ってしまったが、きっとわざとだと思う。
私と彼の間を遮りたくてそうしたんだろう。
「行こう」
恋人の握る手の力が強くなる。まるで彼とそれ以上話すな、と口止めされてるようだった。
妙に急かす恋人からの圧と、友人たちが続々と店内へと入っていく後ろ姿を見て、私はゆっくりと頷いた。
ただの世間話だし、彼がクリスマスに誰と過ごすかなどそこまで私にとって重要ではない。
だから、別に彼の答えを求めてなんていない。
そう自分に言い聞かせていた時、
今度は左手を強く引き寄せられ、身体がよろけた。
「何もない」
『………え…』
「残念なことに一緒に過ごしたいと思う相手は
僕以外の男を選んだみたいだからな」
恋人には聞こえない声で、そっと囁いた。
「誘ってもいいなら、そうさせてもらうけど」
いつも冗談を言うときみたいに悪戯に笑ってくれたら、私だって笑い返せたのに、こういう時に限って彼の表情は真面目だった。
逃げ場のない言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「何の話?」
恋人が怪訝そうに、私と彼を交互に見る。
私はハッと我に返り、小さく首を横に振った。
胸に浮かびかけた何かを追い払うようにして、恋人へと視線を向ける。
そして何事もなかったふりをして、そっと笑いかけた。
『……んーん、何もない』
私は恋人の手を握り直した。
それが、正しい選択だと信じたかったからだ。
『早く入ろ、みんな待ってる』
そう口にして、私は逃げるように店へと向かう足を早めた。
振り返らなくても分かる。
彼と恋人が睨み合っていることを
言葉はなくとも、何が言いたいのか分かってしまう。
探るような目。
譲らない、と告げる目。
冬の冷たい空気が、二人の間に溜まっていく。
私はその光景を見てはいけない気がした。
見てしまえば、何かが壊れる。
だから、気付かないフリをしながら店の扉をこじ開けた。甘い香りと暖かい空気に一気に包まれる。
外の冷たさが、嘘みたいに遠ざかった。
カフェの中は思ったより騒がしくて、食器が触れ合う音や重なり合う笑い声、そして珈琲の香りがした。
私たちは奥の席に押し込まれるように座った。
向かいには友人たち、隣には恋人。
そして、
「……なんだ」
『ううん。』
私の右側に彼が座った。
新手の嫌がらせなのかと思い視線を送ったが、目が合うと私は思わず顔を背けた。
「寒かったね〜」
「外、風すごかったな」
「マフラーの意味あんのかなって若干思ってた」
他愛もない言葉が飛び交う。
みんな笑っている。
私も、ちゃんと笑えているだろうか。
「何飲む?」
恋人がメニューを目の前に差し出してきた。
『えっと……
ミルクコーヒーにしよっかな』
「ほんと甘いやつ好きだね。笑」
あぁ、よかった。
恋人もいつも通りの笑顔に戻った。
『……ドラコは何にするの』
隣にいる彼に黙ってメニューを差し出すのも何か変だと思い、平然を装って話しかけた。
だって、私たちは友人だから。
「コーヒー」
『……ブ、ブラックだっけ?』
「知ってるだろ?甘いのが嫌いなこと」
もちろん、知っている。
ただいつも通りの会話をすれば、さっきの不穏な空気を無かったことにできるかなって、そう思っただけ。
しかし、こういう時に限って優しく微笑んでくるから、私は慌ててメニューに視線を戻した。
注文が通って少し間が空くと、沈黙が落ちる前に友人の1人が口を開いた。
「そういえばさ、もうすぐクリスマスだな」
その言葉に、胸が大きく跳ねた。
「街のイルミネーション、
今年は一段と気合入ってるよね」
「後でみんなで写真撮りたい〜」
話題は広がっていくのに、
" 残念なことに一緒に過ごしたいと思う相手は
僕以外の男を選んだみたいだからな "
というさっきの言葉に私はずっと縛られたままだった。
「クリスマス、2人はデートとかすんの?」
友人が、私と恋人に聞く。
ぼーっとしていた私は、恋人から肘でトントンと突かれてハッと我に返った。
『……えっと……あ……
うん、たぶん』
「おいおい、多分ってなんだよ!笑
お前ら約束してないの?」
「したよ!25日はデートしよって。笑
ね?あなた」
『……うん、そうだね、ごめん。笑』
会話が全然頭に入ってこない。
「ドラコは?」
今度は友人たちが、彼に何気なく聞く。
コーヒーカップを持つ私の手が一瞬止まった。
「特に」
彼がどんな表情をしているかなんて到底見れなかった。
友人たちの会話に相槌を打ちながら、ミルクコーヒーを一口飲んだ。わずかな甘さと珈琲の苦みが曖昧に混ざって、喉をゆっくり通り過ぎていく。
想像してたより少し苦いコーヒーミルクに顔を思わず歪めるが、誰にも気付かれないように咳払いを一つした。
そして、静かにカップをテーブルの上に置いた。
温もりが残る指先を見つめながら、何でもない顔を保ったまま友人たちの会話に頷いた。
「それ美味しい?甘そうだね」
『うん、美味しい』
恋人の優しい眼差しに、私はそっと微笑み返した。
その表情は自然で、周りから見れば何の違和感もないだろう。しかし、胸の奥ではいくつもの感情が静かに重なっている。
名前のないはっきりしない感情たちが、絡まり合って解けない。
「まだ身体が冷える?寒そうだよ」
『ううん、大丈夫
店内あったかいし』
「……でも、手冷たいよ」
恋人が私の手に触れた。
それを遮るように彼の声が静かに割り込んだ。
「頬が赤いから寒くはないはすだ
あなたは暑いとき顔がいつも火照る」
私は思わず、繋がれた恋人の手から距離を取るように、テーブルの下に手を引っ込めてしまった。
「お前には聞いてない」
恋人がムッとした顔で、彼に言い返した。
しかし、彼は気にもしてない様子で更に続けた。
「手が冷たいのは昔からだ
冬でも夏でもこいつは手が冷たい
恋人なら知っておいたほうがいいぞ」
彼が言うことは本当のことだった。
しかし、昔から私のことをよく知っているという事実そのものが、恋人を刺激したのがわかった。
「そんなこと教えてもらわなくても平気だ
彼女の恋人はこの僕だからな」
「怒るなよ
事実を言っただけだ」
口調が徐々に強くなる恋人とは反して、彼は眉一つ動かさない。
私たちの不穏な空気を感じ取って、友人たちの空気も固まった。
親友らしい冗談の延長のようなやり取りだと思いたいが、お互いの視線だけは全く笑っていない。
友人としてではなく、男同士として話しているんだと誰もが分かる。
私は何も言えなかった。
言えば余計に拗れると分かっているから、ただ黙ってその場に座っていた。
「何もかも分かった気で話しているが
ただの友人であることを忘れてないか?」
「それなら言わせてもらうが
こいつが本当にそれをうまいと思ってると?」
そう言いながら、私の目の前に置かれたコーヒーカップに視線をやった。
「本人が美味しいと言ったんだから
それが答えだ」
「なら教えてやるよ
あなた、ほんとは苦かったんだろ?」
そう聞かれ、私はなんて答えるべきか迷った。しかし、短い静寂を挟んで首を縦にゆっくりと振った。
その瞬間、恋人は顔を歪めた。
私はいつも一口飲んで砂糖を入れるか決める。
今回頼んだミルクコーヒーは私には少し苦かった。
だけど、当然のこと頭の中は考え事でいっぱいで、砂糖を頼む余裕なんて無かった。
私のあのほんの僅かな表情に彼は気付いていたのだ。
「……….どちらにせよ、
お前は俺に負けてるだろ」
そうぽつりと消えそうな声で呟く恋人。
テーブルの下で強く拳を握るのが見えた。
「表向きはそう見えるかもしれないが
実際のところどうだろうな」
『……ドラコ、やめて』
軽口と挑発が飛び交うたびに、胸の奥がざわつく。
私はついに口を開いた。
「お前、そろそろ本気で怒るぞ」
『ねぇ、お願い。やめて……』
か細い私の声なんて2人には届かない。
嘲笑うかのように言葉を重ね、挑発し合う二人の間で私だけが取り残されているようだった。
恋人の苛立ちに満ちた表情も、彼の挑発的な目も、私という立場ではどちらにも手を伸ばせなかった。
そんな権利がないと思ってるからだ。
ざらつくような感情が胸の奥で渦巻く。
声にならない葛藤と、望んではいけない僅かな期待が自分を揺らしていた。
「まぁ、安心しろよ」
彼は私を見て言った。
「今日は何もしないから」
顔を上げた瞬間、時間だけが一拍止まったみたいに視線が交わった。
遠くではお馴染みの音楽や、周りの温かい笑い声が耳には入ってくるのに、この時私の視界には彼の瞳しか見えてなかったと思う。
息を吸うことすら忘れていた。
「……何の話だよ」
恋人は顔を顰めた。
「何もしないって、何が?」
低く、感情を押し殺した声だった。
何気ない彼の言葉に何か意味が隠されている違和感を、聞き逃せなかったんだろう。
視線が私と彼を交互に往復し、答えを探すように揺れた。理解できないというより、理解したくないという気持ちが表れていた。
椅子がわずかに軋む。前のめりになった体勢のまま、恋人の指先がテーブルを掴む。
その指先は関節が白く浮き上がっていた。
私の生唾を飲み込む音が響く。
「落ち着けよ、セオドール」
彼はコーヒーカップを持ち上げながら、何気ない口調で続ける。
「あなたにキスしたのは悪いと思ってるが
お前も大概悪い奴だよ」
悪戯めいた微笑を浮かべ、挑発めいた言葉を投げかけた。その彼の言葉に恋人は完全に黙り込み、顔から色が消えた。
この冬がくる少し前の出来事だった。
放課後の教室、窓から差し込む夕陽が机の上にオレンジ色の影を落としていた。
周りには誰もいなくて、時計の針の音だけが、異様に大きく感じられた。
先生に頼まれた作業をしていたときのことだった。
彼と一緒にプリントを整理していたとき、何気なく手が触れた。本当にたまたまだった。
小さな偶然だと思っていたのに、彼の目が私を捉えたとき教室の空気がいつもと少し違う気配で満ちた。
私はその視線から逃げられなかった。
その視線はいつもより強く、真剣で、遊びじゃないとすぐに分かった。
手が触れたぐらい友人同士なら何でもないことなのに、お互いが妙に意識していた。
この時初めて意識したのではない。きっと前からお互いを異性として見ていたんだと思う。
彼が徐々に距離を縮めてきて、頬に手が触れた。
心臓が跳ね、息が浅くなった。
逃げようと思えば、この時点で逃げる隙はあった。
しかし、教室の壁に映し出された二人の影が一つに重なってしまったのも、そう時間はかからなかった。
受け入れてしまったのだ。
いや、初めから望んでいたのかもしれない。
でも、ちゃんと現実の重みもあった。
恋人への罪悪感はしっかりと感じていた。
しかし、記憶の中ではあの触れた感触は、冬になっても決して消えてはくれなかった。
「………………お前………」
怒りと混乱が一度に押し寄せ、恋人の瞳が荒く揺れた。噛み締めた唇が震え、血が滲んでしまいそうだった。
テーブルを勢いよく叩いて立ち上がり、彼の襟を掴む。
「僕はあなたが好きだ。
お前たちが恋人になる前からずっと。
その気持ちを知ってたくせに、
彼女に言い寄っただろ」
彼は襟首を掴まれても身じろぎひとつせず、恋人の目を真っ直ぐ見つめたまま、感情を排した声で言葉を紡いだ。
男2人が言い争っているのを、店内にいた周囲の人たちも察したのだろう。近くの席の会話が途切れ、視線がこちらへ一気に集まった。
「本当にクリスマスを過ごしたい相手は
一体誰なんだ、あなた
そろそろはっきりさせろよ」
2人の視線が私を捉えた。
私たちの友情は、
ずっと前から形だけ保っていた関係だった。
名前だけが残り、
中身はもうとっくに変わってしまっていた。
決してそれは綺麗なものじゃない。
恋人ができてから彼への恋心に気付いた私も、
恋人がいると知りながらキスをした彼も、
どちらも本当に、ズルい。
彼の体温も、触れた唇の感触も、
胸の奥に深く沈んでゆく。
私の前に立つ2人の顔が滲んで見えたのは、
恋人へ許しを願う涙のせいか、
それとも、自分の出した答えに罪悪感を感じてるのか。
『私は________』
初めから答えはもう出ていた。
彼が隣にいない冬を想像できないことに、
気付いたあの時から。
fin.
他の男と付き合うと彼女が決めたなら無理には奪わないけど
隙ができたところをすかさず突いてくるところtheスリザリン
そして、一途なとこもスリザリン
スリザリンの王子













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。