真夜中。
月は雲に隠れ、校舎内は深い闇に包まれていた。
深い夜の静けさを、「コンコン」と軽快に窓を叩く小さな音が破った。
半ば眠りかけていた私は、反射的に目を開ける。
カーテンの隙間から見えるのは、一羽のフクロウ。
黒い羽が月明かりにわずかに光り、小さなくちばしで封筒を挟んでいた。
私はそれを見た瞬間、小さくため息をつき安堵した。
温かい布団から体を起こすと、どこからともなくひんやりとした空気が全身を包んだ。
身震いさせながら、窓を開ける。
フクロウは私に挨拶するかのように軽く羽を震わせると、封筒をそっと私の膝元に落とした。
その封筒は黒い蝋で封がされ、マルフォイ家の印章が押されている。
" D.M "
そう記されているのを見て、肩を撫で下ろした。
『いい子ね、届けてくれてありがとう』
そう言いながらそのフクロウを優しく撫でると、深い夜のなかに音もなく飛び、ご主人の元へ帰って行った。
姿が見えなくなるまで見届け終えると、封筒の中に入っている手紙を手に取り、それを何度も何度も読み返した。
しばらくして顔を上げると、あれほど深い闇に包まれていた空も、いつの間にか夜明け前の空に変わり、まだ青くもなりきらない灰色の空が広がっていた。
手紙を指でなぞりながら、そんな空を飽きるまで眺めた。
この手紙は、
彼が “生きている” という知らせだ。
特に何か特別なことが書かれているわけでも、他愛もない話が綴られているわけでもない。
ただ "僕は生きている" と、私を安心させるための手紙。
そのたった一通の便りが、この灰色の世界で私を生かしていると言っても過言ではない。
灰色の夜明けが少しずつ薄まり、窓の外に淡い光が滲んでいく。
手紙をサイドテーブルの引き出しに仕舞うと、夜明けが少しずつ明けていくのをぼんやりと窓の外に見つめていた。
しばらくしてベッドに戻ろうと窓枠から手を離した時、薄闇の中に小さな影が動くのが見えた。
その影は私のほうへ向くと、遠慮がちに小さく手をあげた。
私はそれを見て思わず頬が綻び、喜びのあまり大きく手を振った。でも、そんな姿がまるで無邪気な子供みたいだったんだと思う。
影の主は私を見て、呆れた顔をしてクスッと笑ったように見えた。
私の部屋は塔の高いところにあるせいで、ちゃんと表情までは見えないものの、きっと笑った。
窓から離れると、周囲で眠る友人たちの寝息を乱さないよう、そっと部屋を後にした。
まだ月光がわずかに残る回廊を、私は息を潜めて走った。起床時間にもなってない校舎内を走り回るなんて、完全に校則違反だと分かっているが、我慢なんてできるはずがない。
胸の高鳴りを押さえきれずに足を速めた。
扉の前にたどり着くと、外の夜風がひんやりと顔を撫でる。この扉の向こうに彼がいると思うと、口元は緩みきって仕方がない。
『ドラコ。』
扉を開けると、見えたのは1人の男。
黒いローブのフードを下ろした彼の髪が、月明かりに銀色を帯びて揺れている。
こちらに気づいた瞬間、彼の瞳がぱっと大きく開き、驚きと戸惑いが交じった表情を浮かべていた。
「……わざわざ降りてきたのか
見つかったらどうする気だ」
『あら、そんなこと言って……
じゃあ、なんで会いに来てくれたのよ〜』
「窓越しに、君の姿を見に来ただけだ」
『そんな遠くから眺めるだけじゃ
我慢できなかったでしょ』
「……そんなことない」
『うっそだ〜、
顔がニヤニヤして嬉しそうじゃん
隠せてないよ』
「……そんなことない」
『はいはい、そんなことないね』
照れているのを隠したいのか、誤魔化すように顔を顰める彼が愛おしかった。
そんな彼を見てヘラヘラと笑っていると、ふいに腕を引かれ抱き寄せられた。
彼の香りや体温が心地よくて、全身の力がふっと抜けた。穏やかな鼓動に包まれているうちに、眠気さえも襲ってくるほど。
『久しぶりだもんね。会えて嬉しい』
「……僕もだ」
ひと月前、ホグワーツを去った彼の左腕には、“闇の印”が刻まれている。
闇の中に身を置きながらも、私に危害が及ばないようにと、何度も冷たく突き放した。
私と別れようと、彼は必死だった。
それでも私は諦めなかった。
どれほど酷い言葉を浴びせられても、
別れたいと訴えかけられても、
死喰い人になるということを告げられても、
それでも『あなたのそばにいる』と言い続けた。
そして、今も私たちは以前と変わらず恋人同士だ。
この選択が不幸の始まりだとしても構わなかった。
だって、彼の隣にいるこの瞬間が、何よりも幸せだから。
「今日は冷えるな。
大丈夫か、寒いだろ」
『……大丈夫』
「そうか」
彼の手が、私の頬に触れる。
その手はいつも冷たい。
けれど、なぜかそれが何よりも温かく感じる。
『今日もすぐ帰っちゃうの?』
「ああ、長くは居られない」
彼はそう言いながらも、
結局、朝日が昇るまで帰らなかった。
帰れなかった、と言ったほうがいいかもしれない。
久しぶりに大好きな恋人と会えば、ダメとわかっていても門限時間を過ぎたりしてしまうのと一緒だ。
外壁に寄りかかり、肩を並べて座る。
風が吹くたび、彼の髪が頬をくすぐる。
彼の肩に頭を預けて目を閉じていると、しばらくして隣から静かな寝息が聞こえた。
私は少し身体を起こして、隣で眠る彼を見た。
こうして見れば、まるでただ普通の青年みたいだ。
私はそっと彼の白い手に触れ、温めるように撫でた。
木々の間から差し込む淡い陽が、小さな寝息をたてる彼の頬を優しく照らしてゆく。
『……もう朝だよ、ドラコ』
小さく囁くと、彼は目を細めてゆっくりと瞼をあけた。
そして、私の存在を確かめるように腰を抱き寄せた。
『まだ眠い?』
「……お前といると眠くなるんだ」
低く掠れた声が、胸の奥まで染み込んでいく。
この人が“闇”の世界に生きているなんて、嘘みたいに思える朝だった。
しかし、強く握り合った手を見つめると、彼の指先に残るのは小さな痣や傷。それが現実を思い出させる。
「また会いに来る」
寂しさが滲んだ声がした。
視界の先には湖が広がっていて、朝日を浴びて鳥たちが自由に舞う。どこか遠くで、鐘の音も静かに響いている。
彼を苦しめるすべてのものが、消えてしまえばいいのに___。そう思わずにはいられないほど、穏やかな朝だった。
『嬉しい、待ってるね』
私は、彼の髪をくしゃっと撫でた。
そして重い腰を上げると、土のついたスカートの裾を手ではたく。
『起床時間には戻らないと。
みんなに怪しまれるし』
そう言って、まだ眠たそうに目をトロンとさせた彼に手を差し出すと、少し悲しそうな表情を見せた。
そして、私の手を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。
私より背が十五センチも高い彼を見上げた瞬間、ふと視線が絡んだ。
何とも言えない寂しさを押し殺した彼の表情は、ついさっきまで私の肩に寄りかかって眠っていた少年のような横顔と比べると、まるで嘘みたいに大人びいて見えた。
その一瞬に、言葉より確かなものが胸の奥を揺らした。絡む視線の中、私は優しく微笑む。
『じゃあ、またね』
彼の手をそっとほどき、
背を向けて校舎へ歩き出そうとしたとき___
背後から、思い詰めたような低い声が響いた。
「あなた。」
聞き逃してしまいそうなほど消えかけたその声に、思わず足を止めて振り返った。
朝陽を背にした彼の横顔は、いつになく険しく、その瞳には影が宿っていた。
「始まる
……この学校が襲われるのも時間の問題だ」
その言葉の重さが、風とともに胸へ落ちてくる。
彼の顔には深い影が刻まれていた。
何が始まるかなんて、聞かなくても分かる。
きっと想像もできないような戦いが始まるのだ。
しかし、私はこの場には到底似合わないほど笑ってみせた。決して作り笑いなんかではなく、この時は心の底から笑っていたと思う。
もちろん、少しも怖くないとは言えないが、彼がそばにいるなら大丈夫だと思えた。
敵だろうと、
味方だろうと、
どっちに転んだってどうだっていい。
『うん、何となく気付いてたよ
……でも大丈夫。』
彼の傍にいない人生のほうが、遥かに怖い。
『あなたのそばにいるから。
ずっとそばにいる』
「君を危険な目には絶対合わせない」
『ううん、違うの
私はそんなこと望んでない』
朝陽の木漏れ日の中で、風が二人の間を吹き抜けた。
『私の幸せを望んでるなら、
私の望みを受け入れて。』
戦ったとしても、仮に逃げたとしても、
その先にお互いが“無事”である未来がくるとは限らない。
私を助けるためなら、彼は自分を犠牲にすることを躊躇わない。
それが一番怖いことだ。
私を遠ざけるために、「愛していない」「目障りだ」なんて、あの人らしくもない嘘をついたときも、全部私のためだった。
だからこそ、また同じように“私のために”と。
考えもしなかったことをしそうで怖いのだ。
“私のために”命を投げ出すようなことも簡単にしてしまいそうで、どうしようもなく怖い。
胸の奥で、嫌な予感が次々と膨らんでいく。
彼の手を離したら、きっと私は一生後悔する。
私たちは、絶対に手を離すべきじゃない。
どんな闇が来ても、
どんな運命が待っていても、
この手だけは離してはいけない気がする。
離せばきっと、もう二度と同じ場所へは戻れない。
そんな気がしてならないのだ。
もしかしたら別の世界の私は、
彼の手を離したことで後悔したのかもしれない。
だから、私に忠告しているんだ。
彼の手を離すな、と。
『そばにいて。
それが私の望みでもあり、幸せなの』
彼はその言葉を聞くと、一瞬、目を伏せた。
そして、どこか苦しげに、
それでいて困ったように微笑んだ。
______そして数週間後。
彼の言った通りになった。
彼らの仲間、そしてこの世で最も恐ろしい存在が静かに押し寄せてきた。
悲痛に泣き叫ぶ声、
戦いに満ちた怒声、
様々な叫びが耳を打つ。
そんな中、私たちの行動はきっと自慢できるものではなかったと思う。
むしろ、非難を浴びるかもしれない。
それでも、愛し合う二人がずっと一緒にいるには、他に選択肢はなかった。
後悔しないためには、この方法しか無かった気がするのだ。
手を取り合い、
ホグワーツ城にかかる高架橋を走る二人。
森の中へ、永遠に姿を消すかのように駆けていく。
それは戦いを放棄して逃げ惑う姿にも見えるかもしれないが、幸せな未来のために歩んでいく勇敢な姿にも見えた。
後悔しないために、
最善の選択だったと思う。
未来では、きっと
散々苦しめてきた影はどこかへ消え、
二人を包むのは暖かい光だけになる。
その光の中で二人は肩を揺らして笑い合い、
一度も途切れない幸せに、
そっと身を委ねているだろう。
______ fin.
どっちのラストも愛溢れてて好きだけど、
私はやっぱり "愛してるなら二人で逃げちゃえよ〜派 "なので、
スピンオフのラストのほうが好き🫵













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。