俺と母さんは父さんに挨拶をした。
俺と同じ糸目をした父さんは、俺と母さんの顔を順番に見て、置いてある箸に手をつけた。それから煮物料理に箸を運ぶ。俺と母さんはただ次の合図を待つだけ。
そう言って、父さんは別の料理に箸をつけはじめた。
父さんよりも先に箸に手をつけてはいけない。先にご飯を食べてはいけない。
我が家では父さんの言葉が絶対だった。右を向けと言われれば右を向き、黒を白だと言われれば白だと言う。
そして、女になれと言われればそうするしかない。感情などない。全てを押し殺し、この家の全てを受け入れるしかないのだ
。母さんの腕にある痣をちらと見ながら、俺は煮物料理に手をつけた。
***
昨日と同じようにあなたと食堂へ来た。彼女は食券を買いに、俺はそんな彼女をテーブルについて待っていた。すると、声をかけてきたのは昨日と同じ男子達。
指さしたのは隣のテーブル。彼らと俺達の間には人が一人通れそうなくらいの隙間はあり、くっつければ四人掛けにはなれそうだが、ただ隣で食べるだけだったら言わなくてもいいだろう。
男達はひそひとと何かを話していて、恐らく「オスマンって結構感じ悪いな」とか言うてるんやろう。でも、こいつらに気に入られようなんては毛頭思っていない。
視線の先にいる彼女、あなたのことが気になってしょうがなかった。まただ。また、ゾムとかいう男子と話してる。
昨日もそうだった。日替わり定食がどうのこうの言うて、うどん定食から日替わりに変えてた。トレーに日替わり定食のメニューを乗せ、もう帰ってくればいいのにゾムと話し込んでいる。数分話した後、彼女はほくほくとした顔で戻ってきた。
それは隣のテーブルに座っている、さっきの男子達の声だった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。