後ろからやってきたのは、野球帽を被った男子。白いユニフォームは所々砂で汚れ、真っ黒に日焼けした顔を緩め、こちらに、というよりは隣のあなたに手を振って走って行った。反対に、隣の彼女は頬を赤く染め、その男子の後ろ姿を見つめていた。
瞳を潤ませ、嬉しそうな顔を隠そうとしているがバレバレだ。
気まずそうに目を泳がせるあなた。言わなくたって分かる。ぎゅっと胸の前で握った手や、前髪を直す仕草も、俺は全部それが何を意味するのか知ってる。毎晩のように悩み相談室が俺とあなたのチャットアプリ内開催され、もっぱらその悩みの中心はあの男子のことだったから。
あなたはあの男子が好きなんだそうだ。
帰り道にファストフード店へ寄った。溶けかかったコーヒーを、何度もストローでかき混ぜる。
どうでもいい情報ばかりが耳に聞こえてくる。あなたは何の教科が得意なん?知ってるで、英語やろ?将来は英語を使って、世界中を飛び回る仕事がしたいって言うてたもんな。学年考査も英語の試験はいつも上位やし、留学しようか迷っとることも知っとるで。逆に嫌いな教科は?確か歴史が苦手やったよな。俺は得意な方やから、教えたこともあるけど、ほんまダメダメやったな。なあ、あなた?この事、あの男は知っとるん?俺はこんなに知っとるのにな。
コップを握っていた手を思わずテーブルの下に隠す。筋張った手に長い指。そうか、あなたはそういう男らしい手が好きなんやな。俺の手も、そう言ってくれる?なあ、俺はあなたに聞きたいことがいっぱいあんねん。言いたいことも。けど、知ってることも沢山ある。それなのに、なんであの男なんやろうな。理由は知ってる。俺がこんな格好やから。
おるで、好きな子。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。