そんな、まさか。うそ。これって。なに。なんで?
なんで?
ナンデ?
震えが止まらない。
唇も、指先も、肩も、カタカタと揺れる。
嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘……うそだ。
全然気づかなかった。これまで、普通に生活してた。
入社してからは、ずっと一人暮らし。
アパートから会社への行き来。時々外出して買い物とか飲みとか行った。深夜のコンビニにはノーメイクで……あれ、よくサラリーマン風の人とすれ違ったっけ。こんな時間にって思った。
うそ。
あれまさか……ーー
目が合った。
「お化粧していないきみ、すごく可愛かった」
「……ッ…」
「ね、わかったでしょ? ぼくは、きみのストーカー。そして、ぼくの名前はユウ。よろしくね。杏奈」
ーーうそ。
落ち着いた物言いと表情。
そんな人がストーカー?
ーー信じられない。
コワイ。
脈が乱れる。
息が苦しい。
いや。だれか。
だれかたすけて。
「無視しないでこっち見て」
頭を掴まれた。
目が合ったところで、ようやくユウが笑った。
「杏奈。可愛いね。ずっと遠くから眺めることしかできなかった。けど、やっとこうやって目を合わせられる」
「な、に」
「見てた。きみの通勤姿。オフの日。買い物。ぜんぶぜんぶ、見てた」
「……ッ」
「気づかないのはあたりまえだよ。だって、杏奈に気づかれないように細心の注意を払ってたんだから。ぼく、これでも頭いいんだ。仕事だってしてるし、今日だってちゃんと会社に行ってきた」
信じ難い現実。
ストーカーされていたなんて気づかない。
まさかわたしに限ってそんなことはないと思っていた。
わたしは声を震わせた。
「ッ……こ、こんなこと……やめて……ちゃ、ちゃんと話せば……きっと」
「きっと?」
「きっと分かり合えるはず。だから」
その瞬間、頬に衝撃が走った。
「ぇ」
突然のことに頭が真っ白になった。
頬の痛みに耐えながら、ユウを見た。
ゾッとした。
その顔から笑顔は消えていた。
「……ねぇ。杏奈。きみに決定権なんてないんだよ。だからさぁ……口ごたえは許さない。わかった?」
「…………は、ぃ」
それから、彼は部屋を出ていった。
次やってくる恐怖とのたたかい。身体の震えは止まらなかった。
結局、その日ユウは来なかった。
汗が止まらない。
わたしの身体から、水分が出ていく。
ユウは来ない。
喉が渇いた。
水がほしい。
水……みず……ユウ……。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。