第6話

口移し
22,915
2018/10/22 07:53
ーー

ーーー


ドアが開く。


「ただいま。元気してる?」


「ッ……ユ、」


「あれ、声出ないの? 可哀想に。でも、ほら見て」


ユウがカバンからペットボトルを取り出した。


わたしは、残った力で顔を上げた。


水がある。


ーー目の前に水!


もう丸一日なにも飲んでいない。
みず!!


わたしは叫んだ。


「ッ……ち、ちょう、だぃっ」


「なに?」


「く、くださぃ。飲みたい……っ」


「どうしようかなぁ。朝はすぐに好きって言ってくれなかったし」


「好き」


「え?」


「好き。あなたのことが」


「んー、ぼくの名前も言ってほしいなぁ」
「ッ……ユウのことが……好き……大好きッ……!」


「ほんと?」


「うんっ、だいっすき!」



ユウが口を緩める。



「ーーそう。わかった。いいよ。水あげる」




彼がペットボトルの蓋をあける。

早く飲みたい一心で口を開けて待った。
と、ユウが立ち止まる。


「は、早く……」


「待って」


そう言ってじらす。


わたしは、ユウの手元をじっと見つめる。


けれど、ユウはなかなかわたしに与えようしない。


「ユウ……っ、おねがい……お水飲ませてっ」


「飲みたいの?」


コクコクとうなずく。


「口移しでいいなら、いいよ」


「え?」


「口移し」
ユウが、自分の口に持っていくと含む。

そして、ゆっくりと顔を寄せてくる。

喉の渇きはもう耐えられない。


もうなんでもいい。


水が、ほしい。



ーーピチャ。


ユウの口から一滴の水がこぼれ落ちる。


それを舌で受け止めた。


舌から伝わる水。
「ン……っ」


数日ぶりの水に身体が喜びの悲鳴をあげた。


ーーおいしい。たまらなくおいしい!


けれど、それだけじゃたりない。まだ身体はカラカラだった。

ユウを食い入るように見つめた。



「もっと……もっとちょうだいっ」



ユウがニヤリと笑みを浮かべた。

そして、ペットボトルの水を含むと、顔を寄せた。
ポタリポタリ。

わたしから十センチほどの高さから垂らしていく。

その量はほんとうに少なく、逃すまいと必死に舌を出した。


ポタポタ。


「ンン……っ、ん」


ポタリ……っ。


ユウは焦らしながら口の中にある水をわたしに与えた。


たとえ一滴ずつでも水は水。



ユウの口が落ちてくる水滴は、それは美味しかった。
「ん、おい、し…っ、……もっと、」


ポタリポタリポタリ。


「……っ、…おねがいっ、もっと」


「まだほしいの?」


「は、はぃ……っ、ほしいです」


「じゃあさ、キスして」


「……なんでもします、なんでもしますから」


ユウが顔を近づけてくる。

その唇に自らキスをした。
舌を絡ませては、深く濃厚な口づけをする。

拘束されたまま、ただ必死にユウの唇に吸い付いた。



ユウの口のなかは潤っていた。

それが美味しくてたまらなかった。


相手が誰であるとか関係ない。

ただ、水のことだけしか考えられなかった。



「、…………っ、……ん」
柔らかいユウの唇になんども口づけをする。

彼はそれを、優しく受け止めてくれた。

拘束具で縛られたまま、ただキスを重ねる。

彼はそれに満足している様子だった。



ひとしきり舌をまとい付かせたあと、ユウが顔を上げた。


「はぁ、はぁ」


息は上がっていた。

慣れない体勢でキスをしたせいだ。
「杏奈のキス積極的。すごくよかったよ……ご褒美あげるね」



ユウがたくさんの水を含む。

その唇がわたしのもとにーー



水……ーー



わたしはふたたびユウの唇に吸い付いた。
「ん……、おいしい……っ」



哀願するように舌を出す。


すがりつくように水分を求めた。



わたしは、ユウの含んだ水を残さず全部受け止めると飲み込んでいった。


ユウの唾液もろとも、ぜんぶーー
部屋を出る前、ユウは満面の笑みを浮かべてささやいた。




「杏奈……大好きだよ。もっといろんな表情を見せて。


もっとぼくを見てーー……」




わたしはなにも言わず、部屋から出ていく彼を見送った。

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