第94話

??? 愛を知らない彼女の話。
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2020/11/28 17:58


 三人の寝息が聞こえる部屋を、窓の外から眺めるものがいた。彼女の名前は、レイシア。この世の中の不幸を旅する悠久の時を生きるmagic countryの王族の末裔……否、王族であった女性である。

 彼女の視界に映っているのは自分自身の不老のためにつかった実験動物エドナと呼ばれている黒猫と、music countryの女王であったものエイカであったもの。そして、かつて自身の兄であった存在カイト……。

 彼女は許せなかった、愛されているものを。愛という幻想に取り巻かれて、幸せという虚構の世界で生きている存在を。

 少女は愛されていた。精霊や神という存在から、家族から。

 黒猫は愛されていた。自身を知るための旅の途中で巡りあった友人たちから。

 少年は愛されていた。家族や、幼馴染みから。

 彼女は、愛というものを知らない。彼女の両親は彼女を愛さなかった。彼女の兄は、彼女のことを知らなかった。両親に死んだものだと伝えられていたから……。

 彼女はそっと三人が寝ている部屋の窓を開けた。三人はその事に気がついていない。当たり前だ、彼女は音をたてずになかに入ったのだから。

 冷たい手で、自分の兄の頬に触れた。自分の冷たい手とは違い、とても暖かく……不愉快である。

 もしもこの場で、誰か一人でも欠けたら残された二人はどう思うだろう? ふと、そんな考えが彼女に浮かんだ。

  そうだ、この黒猫を……自身の実験体をさらって、兄の友人であるこの少女に呪いをしまってはどうだろう? そうだ、そうしよう……。自分自身がなにもできないまま、もがき苦しむ少女といなくなってしまった黒猫の姿を追い続ける兄……。

 彼女は微笑んだ、氷のように冷たい笑みで微笑んだ。声を出さなかったのが不思議だった……。

 彼女の手は、黒猫に伸びていた。気が付かれないように、そっと黒猫に触れる。少し表情が歪んだが、起きたようすはない。

 彼女は、手を少女にかざした。小声で呪文を唱えて、声と記憶の欠片を奪う呪いをかけた……。

 月が妖しく笑う夜、世界を不幸にするものが世界を救うものに呪いをかけた。闇の翼を広げて、空へ旅立つ彼女……彼女は油断していた、少女を取り巻く金色に輝いた炎と風を見逃してしまったのである。

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