今でも、時々夢を見ることがある。まだ僕の命が有限だった、もっとも幸せだった頃の旅物語の事。エイカと、エドナと、僕の三人で旅をした長くも短い幸せだった時間。もう戻ってこない時間を。
あれからどれくらい時間がたっただろうか? 相変わらずmusic forestの景色は綺麗で、文明だってあの時代からほとんど変わっていないのも知っている。しかし、もう僕を知っている人間がこの世にいない。ずいぶん、長い時間がたっていることは紛れもない事実だった。
あの日、僕は大切な幼馴染みと妹だった人を亡くしてから、村にも帰らずに流浪の旅を続けている。知らない場所を、エドナと二人で巡っていく……彼女がいなくなっただけで、やっていることはたいして変わらなかった。
ただ、本来の人の命は有限だ……僕は、もう一度別れを経験してしまった。エドナとの別れだ。彼女は、旅の途中の宿で息を引き取った。寿命だったのだ……。
エイカも、エドナも、大切だったものはすべて僕の届かないところへいってしまった。僕は、もう彼女たちと出会うことも、話すことも出来ない。その時間は、もうないのだ……。
それは、ある日のことだった。いつものようにmusic forestを徘徊していたらとある集落を発見したのだ。古びた石煉瓦で出来た家に、人がすんでいるはずなのに整備されていない道……どこか、見覚えのある懐かしい場所を。間違えがなかった、その場所は紛れもなく……僕がエイカとともに生まれ育った集落だ。
記憶の中とは、少しだけ違う場所があった。それは、長い年月をかけて修復された場所だったのだろう。しかし、僕にはその場所があの集落であることがちゃんとわかった。思い出が、それを助けてくれたから。
幾度となく僕はその幸せだった記憶を消そうとしていた。幸せを知らなければ、今の境遇を不幸だと言うことは出来ない。不幸は、幸せを知っているからこそうまれるものだからだ。でも、できなかった。何回、あの日々の記憶を消そうとしても思い出されるのはあの短かったはずの旅でであった人々の顔だった。
「おにーさん、だぁれ?」
そんなことを考えながら、集落の周りを見て回っていると、一人の少女の声が聞こえた。僕よりも……正確には僕が時間を止めたその日より小さな女の子の声だ。ゆっくりと後ろを振り返る。
「……レイシア?」
……その顔は、あの日に僕が殺めた一つの命と顔が酷似していた。しかし、あの日に見た彼女とは違ってあまりにも幼く、取り巻いていた暗闇がない。その少女には、彼女と同じような明るさがあった。
「誰それ? 私はレイだよ~」
「……そう、だよな……ごめんね、なんか変なこといっちゃって」
僕が少女に謝ってその場を立ち去ろうとした。しかし、少女は僕の手をつかんでそのキラキラとした瞳をこちらに向けてにこりと笑いかける。
「大丈夫だよ~……あ、そうだ。もしかしてさ、おにーさん、おねえちゃんの精霊さんを見にきた人なの?」
精霊さん、その言葉を聞いて僕の頭のなかに一瞬だけ、遠い日の記憶が想起された。精霊……それは、彼女が友人としていた存在。彼女と僕と、一匹の黒猫の旅を助けてくれた存在。
そして……もう一つ。いつだか彼女と話した、輪廻転生の話。死んでしまっても、いつだか別の存在として生まれ変わって、大切な人と……死ぬことができなくなった幼馴染みと再会できる、という話。
(……まさか、彼女がもう一度この世界に……?)
「ねぇ、君のお姉さんに会わせてくれないかな? ちょっとだけ、話がしたいんだ」
「いいよ~」
そういって、懐かしい道を走っていく少女。僕は、少しだけ重たい荷物を我慢しながら、その子の背中を追いかける。
「おねえちゃん~!! お客さんだよ~」
遠くに、幼馴染みと同じアメジストにも劣らないほど美しい紫色が見えた。そして、ゆっくりと彼女は振り返った。その姿は……
「あれ、レイ……? と、どちらさ……ま……?」
彼女の瞳からは、涙がこぼれていた。
「……あれ……なんでだろ、なんで涙が……」
「……エイカ……覚えてない?」
完全に困惑している彼女に向かって、もう何年も口にすることがなかったその名前を告げる。
「エイカ……? それは、――その名前……カイト? ……カイトは、私の幼馴染み、で……カイトなの?」
「ただいま、エイカ」
「おかえり、カイト」
そのあとのことは、わからない。だけれど僕は、もう一度彼女やその妹と共に旅に出て、彼女らと共に“しあわせ”探しの旅に出たのだという。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。