第5話

#4
112
2018/03/05 09:01
2018年 1月末

担任に呼び出されていた私は、職員室に来た。

「失礼しまーす。」

足を器用に使い、扉を開けて中に入る。
パソコンのキーボードを無心に叩いている担任の机の隙間に、黎から渡されたプリントを勢いよく置いた。
ようやく気づいた担任は、手を止めて私に視線を向ける。

「坂本か。…このプリントは宮久保に頼んだんだが。」

「その宮久保黎から押しつけられました。」

「またか。大変だな、お前も。」

「ホントですよ。」

私と担任は揃ってため息をついた。

「で、話ってなんですか?」

「第1志望校についてだ。坂本は国公立大学志望でいいな?」

「はい。」

「わかった。もういいぞ。ああ、あと宮久保を呼んできてくれ。」

「わかりました。」

担任はパソコンへ視線を戻し、再びキーボードを叩き始め、私は職員室を出た。
教室に戻る道を辿りつつ、今までを思い返す。

時が経つのはあっという間で、私たちもあと1ヶ月ほどで卒業だ。
入学したばかりの頃は、黎に絡まれて最悪だったと思っていたけど、いつのまにか仲良くなっていて。
そして、去年の体育祭から黎のことが好きだと気づいてしまった。
いや、それ以前から気になっていた…かもしれない。
どこが好きなのって聞かれたら、答えられないけれど。
なんで好きになったのって聞かれても、答えられないけれど。
好きになってしまったのだ。
彼から目が離せなくなったのだ。
しかし、黎に想いを伝えることはできずにいた。
入学した頃から、黎の周りには当たり前のように女の子がいて、友達として話しているだけでも疎まれたりしたのに、恋人になるなんて想像もできなかった。
そして、想いを伝えて振られた時に、今の関係が壊れてしまいそうで怖い。
だから、この想いは秘めたまま、ずっと友達でいようと考えている。

教室に入ると、私の席の周りに黎と京香、浩介が集まって、話をしていた。
ちなみに私の隣の席は黎、前の席が京香だ。

「おかえり!」

京香が私に気づいて、笑顔を向ける。
黎と浩介も私の方へ顔を向けて、微笑んだ。

3年間、このメンバーで一緒に過ごしてきた。
しかし、それも卒業式まで。
卒業後の進路は、みんなばらばらだ。

私は泣きそうになるのをこらえて、必死に笑顔を作った。

「ただいま。」

私が自分の席に座ると、浩介がにやにやと笑う。

「なんだ?受かるか怪しいとでも言われたか?」

「違うよ。志望校の確認。あと黎、先生が職員室来いって。」

担任からの伝言を伝えると、黎はすごく嫌そうな顔をした。

「はぁ?行くのめんどくせえから凛にプリント押しつけたのに?」

「それすっごい迷惑。さっさと行け。」

黎はため息をつきながら、しぶしぶ立ち上がり、教室を出ていった。
3人でその姿を見送り、話題は卒業後の進路に移った。

「凛は国公立志望だったよね?」

「そうだよ。」

「じゃあ、俺と同じだな。」

「大学は違うでしょ?」

「うん。京香は専門だっけ?」

「そうだよ。製菓の専門。」

「あー、京香ちゃんの菓子、うまいもんな。」

私は教育系の大学。
京香は製菓の専門学校。
浩介はスポーツ系の大学。
よくよく考えたら、黎の進路だけ知らなかった。

「ねえ、黎の進路って、2人とも聞いてる?」

私がそう聞いてみると、2人は動きを止めて顔を見合わせた。
そして、京香が私に視線を向ける。

「聞いてないの?」

「え?うん。」

浩介が私の言葉を聞いて、ため息をついた。

「あいつ、ちゃんと自分で話すって言ったのに、伝えてなかったのかよ。」

「え?どういうこと?」

私は訳がわからなかった。

「京香と浩介は…知ってたの?」

再び2人が顔を見合わせる。
そして、私の方へ顔を向けた。

「俺たちからは話せない。黎が自分で伝えるって言ってたから、あいつから聞いてくれ。」

「…わかった。」

どういうことだろう。
センター試験に大失敗して浪人とか?
でも、黎の学力なら難関大学は無理でも、ある程度のレベルの大学には受かるはずだ。
じゃあ、県外とか?
それなら、浩介も変わらない。
…就職?
いや、黎の学力で就職は考えられない。
では、黎は一体、何を黙っているのだろう。

その時、黎が教室に戻ってきた。
そして、自分の席に座る。
私は深呼吸をして、黎に声をかけた。

「黎。」

「なに?」

「今日の帰り、話があるんだけど。」

「わかった。ここに残ればいいか?」

「うん。」

ちゃんと、聞かなければ。
放課後。

自分の席に座っていた私は、人がいなくなったことを確認して、同じように自分の席に座っていた黎に話しかけた。

「黎、私、黎の進路のこと、全く知らないんだけど。」

「…知らなくてもいいだろ。」

黎がため息をこぼす。
黎を見ると、初めて会った時のような、興味のなさそうな表情をしていた。

「…京香と浩介は知ってるのに?私には、教えてくれないの?」

私は今、黎にとってめんどくさい女かもしれない。
それでも…。

「凛には、関係ない。」

「あるよ!」

私は勢いよく立ち上がった。

「友達でしょ…!」

じわりと視界が歪む。
黎は一瞬驚いた様子を見せるも、すぐに顔を背けた。
そして、かばんを手に取り、立ち上がった。

「とにかく、お前は知らなくていい。」

そう言って、黎は足早に教室を出ていった。

「ふっ…うっ…。」

眼にたまった涙が次々とこぼれていく。
どうしたらいいのか、わからなかった。

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