2018年 1月末
担任に呼び出されていた私は、職員室に来た。
「失礼しまーす。」
足を器用に使い、扉を開けて中に入る。
パソコンのキーボードを無心に叩いている担任の机の隙間に、黎から渡されたプリントを勢いよく置いた。
ようやく気づいた担任は、手を止めて私に視線を向ける。
「坂本か。…このプリントは宮久保に頼んだんだが。」
「その宮久保黎から押しつけられました。」
「またか。大変だな、お前も。」
「ホントですよ。」
私と担任は揃ってため息をついた。
「で、話ってなんですか?」
「第1志望校についてだ。坂本は国公立大学志望でいいな?」
「はい。」
「わかった。もういいぞ。ああ、あと宮久保を呼んできてくれ。」
「わかりました。」
担任はパソコンへ視線を戻し、再びキーボードを叩き始め、私は職員室を出た。
教室に戻る道を辿りつつ、今までを思い返す。
時が経つのはあっという間で、私たちもあと1ヶ月ほどで卒業だ。
入学したばかりの頃は、黎に絡まれて最悪だったと思っていたけど、いつのまにか仲良くなっていて。
そして、去年の体育祭から黎のことが好きだと気づいてしまった。
いや、それ以前から気になっていた…かもしれない。
どこが好きなのって聞かれたら、答えられないけれど。
なんで好きになったのって聞かれても、答えられないけれど。
好きになってしまったのだ。
彼から目が離せなくなったのだ。
しかし、黎に想いを伝えることはできずにいた。
入学した頃から、黎の周りには当たり前のように女の子がいて、友達として話しているだけでも疎まれたりしたのに、恋人になるなんて想像もできなかった。
そして、想いを伝えて振られた時に、今の関係が壊れてしまいそうで怖い。
だから、この想いは秘めたまま、ずっと友達でいようと考えている。
教室に入ると、私の席の周りに黎と京香、浩介が集まって、話をしていた。
ちなみに私の隣の席は黎、前の席が京香だ。
「おかえり!」
京香が私に気づいて、笑顔を向ける。
黎と浩介も私の方へ顔を向けて、微笑んだ。
3年間、このメンバーで一緒に過ごしてきた。
しかし、それも卒業式まで。
卒業後の進路は、みんなばらばらだ。
私は泣きそうになるのをこらえて、必死に笑顔を作った。
「ただいま。」
私が自分の席に座ると、浩介がにやにやと笑う。
「なんだ?受かるか怪しいとでも言われたか?」
「違うよ。志望校の確認。あと黎、先生が職員室来いって。」
担任からの伝言を伝えると、黎はすごく嫌そうな顔をした。
「はぁ?行くのめんどくせえから凛にプリント押しつけたのに?」
「それすっごい迷惑。さっさと行け。」
黎はため息をつきながら、しぶしぶ立ち上がり、教室を出ていった。
3人でその姿を見送り、話題は卒業後の進路に移った。
「凛は国公立志望だったよね?」
「そうだよ。」
「じゃあ、俺と同じだな。」
「大学は違うでしょ?」
「うん。京香は専門だっけ?」
「そうだよ。製菓の専門。」
「あー、京香ちゃんの菓子、うまいもんな。」
私は教育系の大学。
京香は製菓の専門学校。
浩介はスポーツ系の大学。
よくよく考えたら、黎の進路だけ知らなかった。
「ねえ、黎の進路って、2人とも聞いてる?」
私がそう聞いてみると、2人は動きを止めて顔を見合わせた。
そして、京香が私に視線を向ける。
「聞いてないの?」
「え?うん。」
浩介が私の言葉を聞いて、ため息をついた。
「あいつ、ちゃんと自分で話すって言ったのに、伝えてなかったのかよ。」
「え?どういうこと?」
私は訳がわからなかった。
「京香と浩介は…知ってたの?」
再び2人が顔を見合わせる。
そして、私の方へ顔を向けた。
「俺たちからは話せない。黎が自分で伝えるって言ってたから、あいつから聞いてくれ。」
「…わかった。」
どういうことだろう。
センター試験に大失敗して浪人とか?
でも、黎の学力なら難関大学は無理でも、ある程度のレベルの大学には受かるはずだ。
じゃあ、県外とか?
それなら、浩介も変わらない。
…就職?
いや、黎の学力で就職は考えられない。
では、黎は一体、何を黙っているのだろう。
その時、黎が教室に戻ってきた。
そして、自分の席に座る。
私は深呼吸をして、黎に声をかけた。
「黎。」
「なに?」
「今日の帰り、話があるんだけど。」
「わかった。ここに残ればいいか?」
「うん。」
ちゃんと、聞かなければ。
放課後。
自分の席に座っていた私は、人がいなくなったことを確認して、同じように自分の席に座っていた黎に話しかけた。
「黎、私、黎の進路のこと、全く知らないんだけど。」
「…知らなくてもいいだろ。」
黎がため息をこぼす。
黎を見ると、初めて会った時のような、興味のなさそうな表情をしていた。
「…京香と浩介は知ってるのに?私には、教えてくれないの?」
私は今、黎にとってめんどくさい女かもしれない。
それでも…。
「凛には、関係ない。」
「あるよ!」
私は勢いよく立ち上がった。
「友達でしょ…!」
じわりと視界が歪む。
黎は一瞬驚いた様子を見せるも、すぐに顔を背けた。
そして、かばんを手に取り、立ち上がった。
「とにかく、お前は知らなくていい。」
そう言って、黎は足早に教室を出ていった。
「ふっ…うっ…。」
眼にたまった涙が次々とこぼれていく。
どうしたらいいのか、わからなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。