もはや全小中高に通じるあるあると言っても過言ではない、校長先生の長い話。
入学式の日くらいはきちんとしたいと思っていたけれど、春風がそよそよと流れているような気さえする暖かい大講堂の中で、私の集中力は限界を迎えていた。
退屈から逃れるためにどちらかというと夢想家の私はこれからの学園生活に思いを馳せてみる。
どんな友達に出会えるんだろうか。
小学校じゃないけど、100人でお弁当食べちゃったりしちゃったりするのか。
中学の授業はあまり面白くなかったけれど、高校ではどうなんだろう。
寝たら欠課にされるなんてことがありませんように。
それに…私も恋をするんだろうか。
私の恋への憧れは他の同世代の女の子よりずっと強いものだと思う。
なぜなら私は、恋をしたことがないから。
小学校中学校と、誰かに告白されることもないわけではなかったが、その誰かを好きになることは無かった。
だからこそ、高校では心を奪われ、その人のことしか考えられなくなるような誰かに出会えるのではないか、と期待していた。
そんな尽きない考え事を巡らせていると、
大講堂のドアがキィと音を立てて開くのが聞こえた。それと共に、遅れてすみません、という男の子の声がした。
遅れてきた生徒か何かだろうか。
あまりそのことに興味は無いものの、頭の片隅でぼんやりと考えていると、足音はこちらに近づいてきた。
不思議な足音だ、と私は思った。
新入生らしい弾む足音ではなくて、どこか沈んだ、厳格な足音だった。
そしてその硬質な足音は、私の隣でピタリと止まった。
私の目はさっきまでさほどの興味のなかった足音の主に釘付けになった。その髪の毛や横顔、佇まいまで全てが、一瞬にして私を魅了してしまった。
私が隣に立った男の子を食い入るように見つめていたのがご本人にバレてしまったらしく、その男の子は私の方にちらりと顔を向けた。
その瞬間、心臓がドキンっと跳ね上がる。まるで冷えた手で心臓を撫でられたみたいな衝撃だった。
自分に起こっている出来事にあたふたして、ばっちり合ってしまった目を逸らすこともできずにいると、男の子は「何?」とでも言うように眉を持ち上げた。
私はなんでもありません、の意思を伝えるためにふるふると顔を横に振ることしか出来ず、形ばかり校長先生に視線を戻した。
ちなみに校長先生はまだ話していた。
私は校長先生の話の先がまだ長いらしいことを確認すると、もう一度横目で男の子を見た。
それはそれは、綺麗な男の子だった。
風も吹いていないのにサラサラと流れるミルクティー色の髪の毛。染めているんだろうか。いや、ブリーチってやつ?それはどうでもいい。
横から見るだけでわかる長いまつ毛も髪の毛と同様、私の心を奪ったものの一つだった。たまにする瞬きを待ってしまうくらい綺麗だった。
鼻も今すぐ手を伸ばして触れてみたいとすら思う美しい造形だった。いっそ触れてみようか、いやダメだ、変態。
完璧な設計の頭蓋骨にあまりなく貼り付けられたような白い肌も…今美しいという言葉以外の表現を探してみたけれど、やはりそんなものはなかった。
でも…なぜだろう。その美しいパーツの全てがまるで私に語りかけてくるようだ。言い知れぬ、悲しみのようなものを。
それが言い過ぎだったとしても、少なくともその硬い表情は、人との関わりを断絶して生きてきた人のものように見えた。
知りたい。彼のことをもっと知りたい。
名前、名前はなんて言うの?得意教科とか、ありますか?
私は目の前の彼に思考を占領されながら、思った。
心を奪われてしまう誰か、に出会ったのだと。
それは変なタイミングで、一瞬にして起きてしまうことで、誰かに教えてもらうことなんかではない。
直感的に感じるものなのだ。
私はこの名前も知らない男の子に恋をした、と。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。