第5話

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2021/02/15 01:22
「ただいま!!」
「あなたの名字さん、まさか!」







会えませんでした。と、風間くんに報告すれば“まあ、でしょうね”と期待はしてくれてたみたいだけど、当然の結果な反応をみせた。
「まさか今行くとは思わなかったっすけど、」
「すみません」
仕事の前に仕事放り出して行くなんて、いつものあなたの名字さんからは想像できなくて、かなりウケました!
なんて笑いながら許してくれた風間くんに、日本に帰ったらなにかおごってあげようと思う。
徹くんの事は仕事の後だ!シャキッと気持ちを入れ直して資料に目を落とした。




















それから気づけば2時間ほど過ぎていた。観客席も続々と埋まりはじめて、試合まであと30分を切っていた。
通訳ブースにも緊張感が溢れてきた。少し離れた場所にある通訳ブースには他の言語での通訳者さんがいて、綿密に確認作業をしていた。それを見てこちらも気が引き締まった。




ふっと照明が落ちてコート内は真っ暗になった。選手入場のアナウンスが聞こえ、私の仕事も始まりを迎えた。順々に選手が呼ばれていって遂に

「CAサン・フアン セッター、トオル・オイカワ」

徹くんの名前が呼ばれた。観客席からは黄色い声援が飛び交っている。どうやらここでも、大人気らしい。ライトは徹くんを追いかけるようにして照らす。手を振りながら入場してきた徹くんが一瞬、通訳ブースの方をじっと見たような気がして、ドキッとした。きっと見えてはいないだろうけど。











____
試合はCAサン・フアンが勝利し、徹くんが今日のMVPに選ばれていた。この後に徹くんがインタビューされるようだ。
一息付く間も無くインタビューが始まった。徹くんとインタビュアーの言葉を一つひとつ丁寧にかつ、スピーディーに通訳していく。試合後でも疲れた様子を見せることなく徹くんは最後に、応援してくれた観客に感謝の意を示して、MVPインタビューを終わらせた。


「あなたの名字さん!お疲れさまっした、もう行ってください」
後はやっておきますから、と頼もしい声と急かすように送り出してくれた風間くんにお礼を言って、通訳ブースから走り出した。













ドンッ!
また、か。この曲がり角には“飛び出し注意”の看板でも立てて、カーブミラーの設置を要求したい!
試合前に探検していた時、徹くんのチームメイトにぶつかった前例があるから気をつけていたつもりだった。


「オーマイガー!!キュートガール!!!また会えたね!」
と、声が聞こえた。どうやら今回も同じ人物にぶつかってしまったらしい。
が、声の方を見ればその人物は私がぶつかった人の隣にいて、十字を切り天を仰いでいた。
やはり運命なんだね、とか神に感謝致します、とかオーバーアクションを繰り広げていた。

その光景を見てて忘れかけていた、ぶつかってしまった人に謝罪するのを。
改めてぶつかった人物に向き合って謝罪しようと顔を上げた。








目が合って息が、止まった。
「と、徹くん!」
「あなた!?」













ずっと頑張って手を伸ばし続けてた。徹くんに届くように。
ああ、今はこんなにも簡単に、手が届く距離に徹くんが立っている。
最後、別れを告げたあの日の様に、目の前に徹くんが立っている。

我慢できなくなって、情けない声で徹くん、と呼びながら手を伸ばせば、
徹くんは私の腕を強く引き寄せて、あの日みたいにきつく抱きしめてくれた。





































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