第3話

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2021/02/14 17:42
「暑いっすね、アルゼンチン」


日本から持ってきたうちわを全力で扇ぎながら話しかけてきたのは、同じ事務所に所属しているほぼ同期の風間くん。今回の仕事・アルゼンチンリーグの通訳補佐として同行してくれた。
会場近くのタクシー乗り場から少し歩いただけで、汗がにじみ出てくる。
事前に送られてきた関係者専用Tシャツの下にロングTシャツを着ているせいもあるけど、日には焼けたくないと、暑さを我慢することにした。














「本日は宜しくお願いいたします、○☓事務所のあなたの名字あなたと申します。」
「同じく風間です、宜しくお願いします。」
会場に到着して出迎えてくれたスタッフさんと挨拶を交わした。
そのままスタッフさんに付いていくと、自分たちの通訳ブースに案内された。
ふう、と隣でため息をついた風間くんは、机の上に用意されているミネラルウォーターに手を付けた。
私もパイプ椅子に腰をおろして、コート内でせわしなく働くスタッフさんたちを見た。









「この人っすか?あなたの名字さんの元カレ」
半分もミネラルウォーターをがぶ飲みし終えた風間くんが、選手資料を見ながらデリカシーのかけらもない事を口にしてむせてしまった。
やめてよ!と風間くんの肩にグーパンチを一つお見舞いして、風間くんが指差した今の徹くんの写真に目をやった。
むちゃくちゃイケメンっすね、性格は悪そうだけど。
後半部分は聞き捨てならなかったけど、反応してたらきりがないから、
「はいはい、そうだね」
と、棒読みで返答しておいた。







試合までまだ時間がある。風間くんとあーだこーだ言いながら、資料を見て復習していた。
風間くんはペットボトルの中身を空にして、コート内を見回した。
「話、できるといいっすね。」
「どうだろう、できるかな」

ここまで来ておいて急に弱腰になる。いくら関係者だからといって選手の徹くんと直接話しができるなんて難しすぎるよね、と。
「“チャンスは逃すな”」
「え?」
「あの上司が言ってたっすよね、」
「そうだよね、うんそうだ!」

ありがとう、風間くん!できるかなじゃなくて「やる」んだ!
今までもそうやってきたじゃない!もうこうなったら居ても立っても居られない。



「ちょっと、探検してきます!」
「いや、あなたの名字さん、今って意味じゃないっす!!てか、探検て!」
風間くんの引き止める声を無視して、歩き出した。
























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