「皆はいいの?最後に家族に会わなくて。」
宛も無くただひたすらに歩いている私たちにあやめは言った。
「俺はもう会ったよ。言いたいこと言ってきた。」
悲しそうな顔で聡は笑って見せた。
「弥与唯と湊は?行ってないの?」
そう言われ私は黙った。
会いたいとは正直思わないし、会っても伝えたいことなんか無いし。
何より……怖いんだ。
なんとも思ってなかったらどうしようって。
誰も私なんかに涙ひとつ流しやしないんじゃないかと。
そもそも発見されてないんじゃないかって。
今はちょうどお昼をすぎた頃。
家にはお母さんしかいないはず。
いつもお母さんは必要以上に部屋にも入ってこない。
私って必要だったのかな?
深唯奈が先に産まれてたら良かったのに。
おまけが先についてしまった。
「俺も行ってみようかな。何か分かるかもしれないし。俺の死んだ理由とか。」
「湊、お前…。」
「え?湊って自分が何で死んだか覚えてないの?」
あやめと聡が聞きづらそうに聞いた。
「うん。気付いたら。死んでからどんくらい経ったのかも分からない。」
「そっか…。じゃあ行こう。湊の家に。」
あやめの言葉を合図に止めた足を皆はまた動かし始めた。
電車に乗ること20分。
そこから歩いて約10分のところに白と黒の幕がかかった家を見つけた。
「さて、行きますか!俺の葬式に俺が出るって前代未聞じゃね?」
湊はそう明るく言うと家の中に入っていった。
「まだ若いのにねぇ。」
「何があったの?」
集まっていた人が小声で言っていたが周りが静かなせいもあって内容が筒抜けだった。
ふと、座敷に座っていた男の人が立ち上がり声のした方を向いた。
「本日は…家のバカ息子のために集まっていただきありがとうございます。」
「ちょっとお父さん!いくら湊が馬鹿だからって…。」
「そうだよ父さん!いくら兄ちゃんが馬鹿だからってそんな言い方あんまりだよ!」
「おい、誰か否定しろよ!洸も母さんもそんな言い方ないだろ!何のフォローにもなってないよ。」
口調は怒っていたが湊は笑っていた。
「でも、湊は意味無く命を落としたんじゃない。小さな命を守って死んだんだ。警察の人が言っていた。妊婦が横断歩道を渡っていた時に信号無視した車が猛スピードで突っ込みそうになったって。それを湊は咄嗟に助けに入ったって。ここにいる皆はそれを覚えていてくれ!」
ピンポーン…
その場がシンと静まり返った時、玄関のチャイムが鳴った。
湊のお母さんはそそくさと応対しにいった。
「お父さん!あの…。」
お母さんの後ろからついてきたのはお腹の大きな妊婦さんだった。
目には涙が浮かんでいた。
「すみません!私の不注意で!お宅の大事な息子さんの命を…。」
そう言うと彼女は土下座をしようとした。
湊のお母さんが止めに入り、お父さんに目配せをした。
「いいえ。あなたのせいじゃありません。あなたもまた、被害者です。どうか立ってください。お腹の赤ちゃんも苦しいはずですよ。」
彼女はぐしゃぐしゃになった顔を上げ、立ち上がった。
「わ、私…。息子さんのお陰で怪我ひとつなくお腹の子も無事でした。本当にすみませんでした!」
「家の息子、湊って言うんですけどね。勉強が大嫌いでしてね。でもその代わり、とても優しくて。だから、こんな事言うのもあれですが誇りに思っているんです。だからあなたは自分を責めないでください。湊もそう思ってるはずです。そして、元気な赤ちゃんを産んでください。」
湊のお母さんと洸くんは静かに涙を流した。
「はいっ!本当にありがとうございます。元気な赤ちゃんを産みます!」
「行こうか…。」
湊の頬には涙がつたっていた。
外に出ると、湊が口火を切った。
「そうだった。…俺あの人助けて死んだんだ。…よかったぁー。助かって。俺も誰かの役に立てたって訳だ!あー。何かスッキリした。」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。