第9話

最終話 真実
21
2018/12/04 10:09
 「どうしたの、夏!」

「・・・お母さんこそ!」

周囲は暗く、母の顔はよく見えないが、おそらく、今、私達は同じような顔をして、同じことを考えているのだろう。

それ程、母の声からは動揺と、焦りが聞き取れた。

「・・・なんでここに居るの、こんな遅い時間に」

「・・・・・・別に、散歩」

海を待っている、とは、言えなかった。

気まずい沈黙が間に流れる、

“ 母”といっても、家では殆ど顔を合わせずに過ごしていた。

よく良く考えれば、母の顔すら最近はまともに見ていなかった気がする。

「・・・お母さんは、何してたの」

母の手元には、いつも見ていた白い花と同じものがあった。私の足元には、枯れた白い花が落ちている。

お互いに、視線をひとつ、下に落とす。

「・・・・・・願い事を、しに来たの」

「・・・願い事?」

私がそう聞くと、彼女は困ったような顔をして「いつか、夏にも話さなきゃと思ってたんだけど」ど口ごもりながら答えた。

「夏が小さい頃、お父さんが死んじゃったでしょう」

「うん・・・もしかして、それ」

「・・・お父さん、ここで亡くなったの」

茹だるような暑さが、消えた。

冷えた空気が、肌を刺す。

喉が、乾く。

「・・・夏、丁度12年前の一週間前、夏をおばあちゃんに預けて、お父さんとふたりで海水浴に来てたの」

驚いている私を他所に、話し続ける。

「その時、お父さんとちょっとした事で喧嘩しちゃって。嫌いって言って、お父さん置いて帰っちゃったの。そしたら・・・・・・」

鼻をすする音が聞こえる。

「帰った後、お父さんが、溺れ死んだって・・・・・・」

音が、耳から耳へ通り抜けていく。聞いているはずなのに、内容は頭に入ってこない。

「海で溺れている子供を助けて死んだ、て・・・」

「・・・・・・うそ」

言葉が、空気に溶けて消えた。それぐらい、弱々しい声が出た。

『 嫌い』って、ここで、夏に、死んだって、足元に置いてある花って命日が一週間前って、海辺さんがあれから姿が見えないのって。

「いつも青い浴衣を着て、海みたいだとか思ってたけど、まさか海に溶けて消えるなんて・・・」

青い着物・・・考えれば考えるほど、パズルが嵌っていくような気がする。

「・・・知ってる?この花の名前」

離れかけていた意識がハッと戻る。

「・・・知らない、何、その、花」

いつも添えてあった白い花。綺麗だと思いながら、どんな花かは知らなかった。

「『 サザンクロス』っていうの。花言葉は『 願いを叶えて』」

「願いを、叶えて・・・」

「もう、戻ってこないのにね。私ったら、馬鹿みたい。あの人っ・・・・・・」

母の表情は、読み取れない。ただ、すすり泣いている声だけが、聞こえてくる。

手に乗っていた花が、下に落ちる。風が、横を吹き抜ける。

瞼を閉じる。海辺さんの顔が、声が、挙動が、目が、鮮明に思い出される。

(また、明日、ね、なんて)

「言い逃げなんて、ずるいですよ・・・」

両目から、涙が零れる。

頭上には、紺色の夜空に、星が散りばめられていた。

夏が、終わる。

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