「どうしたの、夏!」
「・・・お母さんこそ!」
周囲は暗く、母の顔はよく見えないが、おそらく、今、私達は同じような顔をして、同じことを考えているのだろう。
それ程、母の声からは動揺と、焦りが聞き取れた。
「・・・なんでここに居るの、こんな遅い時間に」
「・・・・・・別に、散歩」
海を待っている、とは、言えなかった。
気まずい沈黙が間に流れる、
“ 母”といっても、家では殆ど顔を合わせずに過ごしていた。
よく良く考えれば、母の顔すら最近はまともに見ていなかった気がする。
「・・・お母さんは、何してたの」
母の手元には、いつも見ていた白い花と同じものがあった。私の足元には、枯れた白い花が落ちている。
お互いに、視線をひとつ、下に落とす。
「・・・・・・願い事を、しに来たの」
「・・・願い事?」
私がそう聞くと、彼女は困ったような顔をして「いつか、夏にも話さなきゃと思ってたんだけど」ど口ごもりながら答えた。
「夏が小さい頃、お父さんが死んじゃったでしょう」
「うん・・・もしかして、それ」
「・・・お父さん、ここで亡くなったの」
茹だるような暑さが、消えた。
冷えた空気が、肌を刺す。
喉が、乾く。
「・・・夏、丁度12年前の一週間前、夏をおばあちゃんに預けて、お父さんとふたりで海水浴に来てたの」
驚いている私を他所に、話し続ける。
「その時、お父さんとちょっとした事で喧嘩しちゃって。嫌いって言って、お父さん置いて帰っちゃったの。そしたら・・・・・・」
鼻をすする音が聞こえる。
「帰った後、お父さんが、溺れ死んだって・・・・・・」
音が、耳から耳へ通り抜けていく。聞いているはずなのに、内容は頭に入ってこない。
「海で溺れている子供を助けて死んだ、て・・・」
「・・・・・・うそ」
言葉が、空気に溶けて消えた。それぐらい、弱々しい声が出た。
『 嫌い』って、ここで、夏に、死んだって、足元に置いてある花って命日が一週間前って、海辺さんがあれから姿が見えないのって。
「いつも青い浴衣を着て、海みたいだとか思ってたけど、まさか海に溶けて消えるなんて・・・」
青い着物・・・考えれば考えるほど、パズルが嵌っていくような気がする。
「・・・知ってる?この花の名前」
離れかけていた意識がハッと戻る。
「・・・知らない、何、その、花」
いつも添えてあった白い花。綺麗だと思いながら、どんな花かは知らなかった。
「『 サザンクロス』っていうの。花言葉は『 願いを叶えて』」
「願いを、叶えて・・・」
「もう、戻ってこないのにね。私ったら、馬鹿みたい。あの人っ・・・・・・」
母の表情は、読み取れない。ただ、すすり泣いている声だけが、聞こえてくる。
手に乗っていた花が、下に落ちる。風が、横を吹き抜ける。
瞼を閉じる。海辺さんの顔が、声が、挙動が、目が、鮮明に思い出される。
(また、明日、ね、なんて)
「言い逃げなんて、ずるいですよ・・・」
両目から、涙が零れる。
頭上には、紺色の夜空に、星が散りばめられていた。
夏が、終わる。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。