「ごめんなさい、時間とか場所僕の方に合わせてもらって。」
「全然っ…こちらこそ先日はすみませんでした、あの、ご本人だとは思わずにベラベラと…」
あの日の失態を思い出すだけで消えたくなるほど恥ずかしい。
本人を目の前にして和牛について語るなんて、、、
「いや、でもありがたかったです。」
マスクしてるから目の部分しかわからないけど、笑ってくれてるのは認識できる。
「あ、ほんでこれ。」
川西さんが思い出したかのようにテーブルの上に置いたのは、私がいつも使ってる目薬だった。
ないなぁと思ってたら、あの時落としたんだ。
「すみません、落とし物までしちゃって…お忙しいのにわざわざありがとうございます。」
目薬なんて捨ててくれていいのに律儀だなぁ。
「じゃあ俺はこれで、」
「あっ、待ってください!」
何か注文するわけでもなく、すぐに立ち去ろうとする川西さんを思わず呼び止めた。
「え?」
「このあと予定ありますか、?」
「あー…」
「あのっ、もしよかったらお礼にコーヒーだけでも!と思って…」
こんなチャンスはもう一生巡ってこない。
だから、断られるだろうけど、人生でいちばん勇気を出した。
「…ここやと劇場近いしあれなんで、」
「そうですよね、、、」
「どっか飲みに行きますか。」
「え、?」
「お酒飲めます?」
なにこの展開。
「飲めますけど…。…いや、、、え?」
「知り合いに聞いた店あるんでそこでもいいですか?」
そう言いながらもうすでに店を出ようとしてる川西さん。
「こっからタクシーで5分くらいやと思うんで。」
「は、はい…っ。」
呆気に取られたままの私は、急いで鞄と上着を持ってその背中を追いかけた。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。