彼は、煙が出る短い棒を咥えながらスマホをじっと見つめている。
「ねえタバコって美味しいの?」
『美味しかねえよこんなもん』
「じゃあなんて吸ってるの」
『美味いから』
「…は?…」
一体彼は何を言ってるんだろうか。
「じゃあ私も吸ってみてもいい?」
『駄目だよ体に悪いんだから』
「樹だって吸ってんじゃん」
『俺はいいの』
「なにそれ」
すると彼は咥えていたものを口から外し、
もう片方の手で私の後頭部を押さえつけながら、
私の唇に、自分の唇を重ねてきた。
『これで我慢しろ』
やっぱり私はタバコなんて吸わなくていいと思った。
彼の唇は、とても苦く、ほんのり甘い味がしていた。
−fin−
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!