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コンコン
今整理し終わった書類をトントンと整えつつ、顔を上げてミリアンは言った。
ピラリ、と彼女が差し出す紙を受け取ると、それは名前や出身、卒業過程などを書く欄がある
そう言うとミリアンは、また机上の沢山の書類に目を戻した。
机上に散っている7番、マルコ・ボットさんの資料をどけると、6番さんの資料が出てきた。
紙にペンを走らせながら、私は昔の思い出の箱を開けた。
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玄関が開く音と私の声に、上からジャン兄が降りてきて、スリッパを出しつつ招き入れてくれた。
その後ろから、彼のお母さんも顔を出す。
今日はうちの両親が昼間出掛けるので、ママがお願いして、ジャン兄のお家にお邪魔させて貰うことになっているんだ。
スリッパを履くときに、もう一度小さくお邪魔します、と言うと、
と、にっこり笑ったおばさんが、頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
えへへ、と私も笑う。
鞄から貼る気満々でバンソーコーを取り出していた私は、ジャン兄の声に、そっかぁ、としょげつつ笑った。
ジャン兄のほっぺにバンソーコーをぺたりと貼った。
にっ、とジャン兄が笑顔を浮かべた。
とくん、と心が音を立てる。
2歳違いの近所のお兄ちゃん、ジャン・キルシュタイン(通称ジャン兄)は、私のママとジャン兄のお母さんが仲が良かったため、よくお互いの家で遊んだり、家族ぐるみで出掛けたりしていた。私とジャン兄の子供だけで遊ぶときは、大体もう一人の近所のお兄ちゃん、トーマス・ワグナー(通称トー兄)も加わって、三人で遊んだ。
二人共とても優しくて、頭の回転も早く、二人は私の憧れだった。
そして、ジャン兄は───、気付いたときからずっと、私の好きな人だった。
おばさんの声にはっとした私は、笑ってそう言うと、おばさんがバスケットを持って家を出るのを、ジャン兄と一緒に手を振って見守った。
バタン、とドアが閉まる。
にやっと笑ったジャン兄が、手を差しだして言う。
その手をとって、私は、満面の笑みでうなずいた。
靴を履き、家を出る。
はぐれないようにしっかり手を繋いで、私とジャン兄は歩き出した。
その様子をいつも見ているおばさんの存在に気付いている私は、行ってきます、と笑って再び前を向いた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!