屋上から全速力で駆け下りた──と言っても足が痛むのでそうとう時間がかかった──私は、旧調査兵団本部から去ろうとしているジャン兄に、後ろから声をかけた。
私の名前を呼んで、ジャン兄が振り向く。心臓は高鳴らない──何故なら、ジャン兄がそんな緩んだ雰囲気ではなく、とても思い詰めたような表情をしていたからだ。
ジャン兄は私から視線を逸らし、俯いて言った。
私も手をぎゅっと握り、視線を落とす。
トロスト区の攻防戦では、エレン・イェーガーを生かす為にたくさんの人が死んだ────地下牢に居たとき、マルロから聞いたことを思いだした。
ジャン兄が、重々しげな口調で言った。
沈黙が私達を襲った。
手が小刻みに震えだす。口からは、あ…という声が断続的に漏れるだけ。
瞼の裏に、トー兄が巨人に食べられる様子が浮かぶ。ひっ、と喉の奥が鳴って、私はその場にうずくまった。
私の頭の中で、トー兄との思い出が走馬灯のように蘇った。
優しい笑顔、温かい手、たくましい背中───。
泣いてはいけない。ジャン兄だってきっとショックを受けてる。もしかしたら、他にも大切な人を亡くしたかもしれない。
泣いてはいけない…、自分だって、誰かにとって大切だった人を殺したんだから───
泣いてはいけない───殺人鬼は…殺人鬼らしく、気丈に振る舞うべきで…
私は、小さく、声を絞り出すようにして言った。
ゆっくりと、立ち上がる。
ジャン兄の目を見つめて、私はにっこり、笑った。
頬に一筋、涙が零れた。
ジャン兄の顔が歪んだ。これは涙のせいではない───。
強く抱き寄せられた。親が泣く赤子をあやすように、背中をとんとんと叩かれる。
涙がぼろぼろ零れた。ジャン兄にしがみついて、必死に声を押し殺して泣く。
ふいに、私の肩にも水滴が落ちてきた。
雨かと思って涙で滲む視界を上に上げると、その考えは違う事に気が付いた。
ジャン兄も泣いていた。苦しそうに、眉間にしわを寄せて、歯を食いしばって。
私は、もうたった一人になってしまったお兄ちゃんと一緒に、大切な人の死を、泣き続けた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。