掃除は上から。その言葉の通りの「上の階からやれ」という指示に従い、私は一番上の屋上から掃除していた。
私は雑巾を絞りながら、ふぅと息を吐いた。痛む足と疲れた腰を両手で順にさすり、よいしょっと立ち上がる。
そう思って私は、屋上の縁に寄っかかり、空を仰ぎ見た。遠い、高い空───ふと思いたって、私は縁の出っ張りによじ登った。少しだけ、空が近くなる。
自由の翼…私にも、あったらいいのに。
そしたら、罪を…前科者、殺人鬼という事を忘れて、どこまでもどこまでも、空の果てまで、飛んでいけるのに…
空に向かって、両手を伸ばした。
そう言った時
という声と共に後ろに引かれて、私の体は縁から落ちた。が、倒れはしない。
リヴァイ兵長が、後ろから私のことを、強く、強く抱きしめていた。
理解が追いつかない私に、リヴァイ兵長は。
とても切なげな、苦しそうな、消えてしまいそうな───愛おしそうな声で、そう言った。
それを最後に、リヴァイ兵長は何も言わなくなった。私も戸惑いながら、体を小さくしてただじっとしていることしか出来ない。
不思議だった。リヴァイ兵長と一緒にクッキーを食べ、紅茶を飲んだときのように、甘酸っぱい気持ちで一杯にはならない。
鼓動も、高鳴らない。
ただ、リヴァイ兵長に抱きしめられているだけ──私はなんだか、涙が出そうな気持ちで、固まっているだけ────。
何故…?私はリヴァイ兵長のことを好きなんじゃないの…?
…………あ……
そういえば……あの時。リヴァイ兵長に好きな人がいるのかと聞いたときや、紅茶を無理矢理飲まされて、少しだけ、微笑まれた時。
リヴァイ兵長の姿が一瞬────ジャン兄に、重なって見えた。
そうだ……ジャン兄が訓練地へ行く前、一緒にジャン兄の家で遊んでいたときと、まったく同じシチュエーション───。
そっか…私は。
リヴァイ兵長じゃなく、ジャン兄の面影に、胸が痛くなったんだ。
ずっとずっと、大好きだった人の、面影に──。
その時、屋上の下───私の視線の先、地上にある門の所に、人影が見えた。
小さく言ったその言葉に、リヴァイ兵長の腕は解かれた──いや、正確には、私が縁の方に駆けだしたことで、解けたという方があっているだろう。
私は屋上から目一杯身を乗り出して、彼の姿を探した。
サシャさんやコニーさん達を率い、先頭を歩くジャン兄。
私の心臓は大きく波打った。
ジャン兄のことが好きだ。
どうしようもなく───好きだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!