第6話

一章 かかしと妖精 5
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2022/09/07 09:00
農夫
おい、お嬢ちゃん。あんたみたいな子供が、やめとけって
アン
アン
子供じゃないわ。わたしは十五歳。この国じゃ女の子は、十五歳から成人でしょ。わたしは立派な大人。ちゃんとした大人なのに、なぶり殺される妖精を見殺しにしたなんて、一生自分を恥じるわ。冗談じゃない
 アンはしゃんと背筋を伸ばし、ずんずんと妖精狩人の方へ歩いていく。

 妖精狩人は興奮しているのか、アンに気がつかない。妖精をブーツの底に踏みつけたまま、手にした妖精の羽を両手で握る。
妖精狩人
おまえの羽なんぞ、こうしてくれる
妖精
やめろよ、このやろう! やめろ!!
 妖精はそれでも勇ましく、小さな手足をばたばたと動かして、泥を撥ねあげた。キンキンした、甲高い声で怒鳴る。

 しかし妖精狩人の手は容赦なく、羽を引き絞った。

 妖精は泥の中で悲鳴をあげる。
妖精狩人
盗っ人妖精なんぞ、殺してやる
 羽を引きちぎろうと、妖精狩人の手に力がこもった瞬間、アンは妖精狩人の背後に立っていた。腰を落として、構えた。
アン
アン
ちょっと、失礼!!
 声とともに、ドレスの裾がぱっと撥ねる。アンは、妖精狩人の膝裏を片足で強く蹴り飛ばした。アンの得意技、必殺、膝カックン。

 油断しきっていた妖精狩人は、がくっと膝が折れる。体の均衡を崩した。口を「お」の形に開いたまま、泥の道に顔から倒れこむ。

 野次馬たちがどっと笑うのと同時に、ブーツの底から解放された妖精が、ぴょんと跳ね起きた。アンは男の頭を飛び越えると、彼の手から素早く妖精の羽をもぎ取った。
妖精狩人
てめぇ!!
 妖精狩人が喚きながら、泥まみれの顔をあげる。

 アンは軽く飛び退いて、呆然と立ちつくす妖精に、取り戻した羽を差しだした。
アン
アン
ほら。これ。あなたのでしょう
 はっとしたように、妖精は羽をひったくった。泥にまみれた顔の中で、青い目だけは異様にぎらついて光っている。妖精はアンを見あげると、
妖精
ケッ! 人間に、礼なんか言わないからなっ!!
 吐き捨てるように言うと羽を抱え、野次馬の足もとを駆け抜けた。わっと声をあげて道をあける人々を尻目に、妖精は疾風のような速さで町外れに向かって姿を消した。

 アンは肩をすくめる。
アン
アン
まぁ、ね。わたしも、憎い人間の仲間だもんね
妖精狩人
どうしてくれる小娘!! 大事な労働妖精を、逃がしやがったな!!
 ごつい顎から泥水をしたたらせ、喚きながら妖精狩人が立ちあがる。

 アンは妖精狩人に向きなおり言った。
アン
アン
だっておじさん、あの妖精を殺すつもりだったんでしょう。それなら、いなくなるのと同じじゃない?
妖精狩人
なんだと!?
 いきり立つ妖精狩人は、腕をふりあげた。

 しかし彼らを取り囲んだ野次馬が、一斉に非難の声をあげる。

「だいの男が、そんな子供に手をあげるのか!?」

「その子の言うとおりだろうが!」

「あんた、ちょっと野蛮すぎるよ!!」

 野次馬の非難を受けて、男はひるむ。アンは臆することなく、まっすぐ男を見あげる。

 低く呻くと、妖精狩人はあげた手をおろした。
アン
アン
ありがとう。おじさんが優しい人で良かった。こんな優しいおじさんなら、これからは妖精にも、優しくしてくれるよね。よかった!
 嫌みたらしくにこりと微笑みかけると、妖精狩人は怒っているような笑っているような、なんともいえない表情になった。

 アンは「じゃあね」と軽く妖精狩人に挨拶して、やんやと褒めそやす野次馬の間を抜けて馬車の御者台に戻った。憤然と呟く。
アン
アン
まったく、頭に来る。ひどいことしすぎよ。妖精だからって、なんだっていうのよ
 妖精は姿こそ、少し人間と違う。だが感情と意思を持ち、人語を話す。人間と変わらないとアンは思う。そんな人々を奴隷のように使役することに、良心が痛まない方がどうかしている。

 だからエマも、けして妖精を使役しなかった。

 妖精を使役しない。それがエマとアンの信条だった。だが───。

 アンはふと、暗い表情になる。
アン
アン
……でも。……わたしもこれから……ひどいことするんだよね……
 アンは再び、馬に鞭をくれて馬車を進めた。

 町の中心部に来ると、遊んでいる数人の子供を呼び止めて小銭を渡した。そしてしばらくの間、馬車を見張ってくれるように頼んだ。子供たちは、快く引き受けてくれた。

 馬車を降りると、円形広場に向かう。

 広場には、テントが不規則に並んでいる。

 テントは、布に獣脂を塗ったものだ。独特の脂臭さがある。そのテントの下には、食材や布や銅製品など、様々な品物が並べられている。市場だ。人でごった返している。

 つんと酸っぱくて甘い香りで鼻をくすぐるのは、温めた葡萄酒を飲ませるテント。秋から冬にかけての、市場名物だ。

 肩が触れあうほど混雑した市場を通り抜けると、人通りの少ない場所に出た。

 その一郭は閑散としていた。店はかなりの数出ているが、客が極端に少ない。

 近くのテントに目をやる。

 蔦を編んだ籠が、テントの横木に吊されていた。籠の中には、掌大の小さな妖精がいる。背には、半透明の羽が一枚。籠はずらりと、五、六個も並ぶ。籠の中に座る小さな妖精は、うつろな目でこちらを見ていた。

 その隣のテントには、子犬ほどの大きさの、毛むくじゃらの妖精が三人。首輪で鎖に繫がれていた。背には透明な羽が一枚きり、しおれたようにぶらさがっている。毛むくじゃらの妖精たちは、歯をむき出してアンを威嚇した。

 ここは妖精市場だ。