第10話

一章 かかしと妖精 9
755
2022/10/05 09:00
アン
アン
ねぇ、あなた名前は?
 御者台の上から馬に鞭を当て、アンは隣に座る妖精に訊いた。

 妖精はもてあましぎみに長い足を組んで、腕組みし、御者台の背もたれにもたれかかっている。ふんぞり返っていると言っていい。あくせく馬を操るアンと妖精と、どちらが偉そうかと言えば、妖精のほうが百倍偉そうだった。

 妖精はめんどくさそうに、ちらりとアンを見た。
妖精
妖精
聞いてどうする
アン
アン
だってあなたのこと、どう呼べばいいかわからないじゃない
妖精
妖精
トムでもサムでも、人間流の好きな名前で呼べばいい
 妖精を使役する時は通常、使役者が妖精に名前をつけるものだ。しかしアンは、それがいやだった。自分の本当の名前を呼ばれないのは、屈辱的だと思うからだ。
アン
アン
わたしだったら、自分の本当の名前で呼んでもらいたいわ。あなたも、そうじゃないの? 勝手に名前をつけて呼ぶなんて、したくないの。だから、あなたの名前を教えて
妖精
妖精
どう呼ばれようが、関係ない。くだらないことを訊くな。勝手に名前をつけて、勝手に呼べ
 妖精は、そっぽを向く。アンは彼の横顔をちろりと見て言った。
アン
アン
じゃ、カラスって呼ぶけど?
 さすがに妖精も、ものすごくいやそうな顔をしてアンを見た。
妖精
妖精
かかしの仕返しか?
アン
アン
そうよ。カラスさん
 妖精は眉をひそめた。そしてしばらくの沈黙の後に、ぽつりと言った。
シャル
シャル
シャル・フェン・シャル
アン
アン
それが名前?
 訊くと、頷いた。アンは微笑んだ。
アン
アン
綺麗な名前ね。カラスより、ずっと素敵。シャル・フェン・シャルって、どこが名前で、どこが名字なの?
シャル
シャル
全部が名だ。人間のような、姓と名の区別はない
アン
アン
そうなの? でもシャル・フェン・シャルって長すぎるから……、とりあえずシャルって呼ぶけど。それでいい?
シャル
シャル
好きなようにと、言ったはずだ。おまえは、俺の使役者だ
アン
アン
まあ……そうだよね
 あらためて妖精の口から言われると、気持ちのよいものではなかった。自分は奴隷を買って使役しようとしているのだという、罪悪感が強くなる。

 アンが操る箱形馬車は、レジントンの町を抜けた。ブラディ街道へ向けて歩を進める。

 収穫直前のたわわに実った小麦畑が姿を消して、まばらな林が、道の左右に姿を見せ始めた。

 ブラディ街道に近づいたのを感じながら、アンは口を開いた。
アン
アン
わたし、護衛をしてもらうために、シャルを買った。けど一つ、約束する。ブラディ街道を抜けて無事にルイストンに到着したら、シャルに羽を返す
 それを聞き、シャルは不審げにアンを見た。
シャル
シャル
俺を解放すると言ってるのか?
アン
アン
そうよ
 するとシャルは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに喉の奥でくっくっと笑いだした。
シャル
シャル
金貨で買った妖精を、逃がす? そんなおめでたい人間、いるのか?
アン
アン
おめでたいってのは、失礼ね。わたしはただ、人間は、妖精の友達になれると思ってるの。友達になれるかもしれない人を使役するなんて、いやなの。わたしは信頼できる護衛が今すぐ必要で、仕方ないからシャルを買った。でも必要がなければ、使役したくない。もちろん、他の人間に売ったりするのもいや。だから羽を返すの。こうやってわたしの旅につきあってもらう間も、できれば普通の友達みたいにしたいの
シャル
シャル
友達? なれるわけがない

プリ小説オーディオドラマ