第9話

一章 かかしと妖精 8
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2022/09/28 09:00
妖精商人
へへ、思い切ったね。お嬢ちゃん
 商人は黄色い歯を見せて笑った。アンが金貨を差し出すと、妖精商人はその金貨をとっくり検分して受け取った。そして首にかけていた小さな革袋をはずす。
妖精商人
じゃあ、羽を確認しな
 妖精商人は小さな革袋の口を開けると、中から掌ほどの大きさにたたまれた、透明な布のようなものを取り出す。その端を持って一ふりすると、たたまれていたものがはらりと広がる。

 アンの背丈ほどもある羽が、目の前に現れた。

 光線の加減によって、七色の光を弾く半透明の羽は、触れるのがためらわれるほど美しかった。折りたたまれていたにもかかわらず、布のように、皺やよれがない。手を伸ばしてそっと触れると、絹に似た感触がした。そのなめらかさに、ぶるりと震えがくる。
アン
アン
これが、彼の羽?
妖精商人
そうさね。証明してやろうか
 言うなり妖精商人は、羽の端と中程を握ると、引き絞るように力を込めた。その途端、テントの下にいた妖精が呻いた。

 妖精は体を抱えるようにして、全身を強ばらせていた。歯を食いしばる。
アン
アン
やめて!! わかったから、やめて!!
 アンの言葉に、妖精商人は力を緩めた。

 妖精の体から力が抜け、地面に片手をつく。彼は顔をあげると、妖精商人をぎらりと睨む。

 妖精商人は羽を折りたたみ、元の袋に戻すとアンに手渡した。
妖精商人
これを肌身離さず、首にかけるんだ。とにかく、気をつけなよ。この袋があんたの手から離れたら、妖精は、なにをしでかすかわからねぇよ。わしのしりあいで、使役していた戦士妖精に羽を取り戻されて、殺された男がいる。戦士妖精は凶暴だ。凶暴だから、戦士妖精として売れるんだ。羽を取り戻したら、ただ逃げ出すだけじゃすまねぇ。使役者を殺す可能性が高い
アン
アン
でも眠るときとか、どうすればいいの? 寝首を搔かれたりしないの?
妖精商人
眠るときは必ず、羽を服の下に隠して、抱いて寝るんだ
アン
アン
それで、平気?
妖精商人
考えてみな。自分の心臓を、鷲摑みにしている相手だ。殺した拍子に、そいつがギャッと力を入れて、心臓を握りつぶされたら……。特に妖精の羽は脆いからな。怖くて滅多な真似はできねぇ。羽を握られてるってことは、妖精の本能に訴える恐ろしさだからな。今のこいつの苦しみようを、見ていたろう
 確かにあの苦しみかたを見れば、おいそれと手出しはできないと思える。

 相手を恐怖と苦痛で支配することを実感し、妖精を使役することへの憂鬱感が増した。
妖精商人
気をつけなよ。特にこいつは、今まで買われようとするたびに、この顔から想像もつかねぇ悪態を吐きまくって、客を怒らせて売れ残ってるような奴だ。こいつがお嬢ちゃんに買われようとしてるのは、なんの気まぐれかしらねぇが、奇跡だ
アン
アン
この人、そんなに厄介なの!?
妖精商人
買うの、やめるかね?
 アンは少し考えたが、首を横にふる。
アン
アン
リボンプールに行く時間は、ないもの。買うわ
妖精商人
なら、いいかね。羽は、気をつけて扱うんだ。こいつに絶対、取られないようにしな
 アンが頷くと、妖精商人は、妖精の足から鎖を外しにかかる。

 妖精は刃のような薄笑いを浮かべて、妖精商人に囁く。
妖精
妖精
待ってろ。いつか、殺しに来る
妖精商人
そりゃあ、いいな。楽しみにしているよ
 物騒な挨拶を受け流すと、妖精商人は鎖を外した。

 妖精は立ちあがった。長身だった。陽を受けて虹色に輝く羽が、膝裏まで伸びている。
アン
アン
とりあえず。わたしは、あなたを買ったから。よろしくね
 アンが言うと、妖精は綺麗な顔で微笑んだ。
妖精
妖精
金貨を持ってるとは、景気がいいな。かかし
アン
アン
かかしって呼ばないで! わたしは、アンよ
 アンと妖精のやりとりを聞いて、妖精商人は不安そうな顔をした。
妖精商人
お嬢ちゃん、本当にこいつを使役できるのかい?
妖精
妖精
使役できるさ。なあ、かかし?
 と、答えたのは当の妖精だ。馬鹿にしたような顔で見おろされ、アンはさらに怒鳴った。
アン
アン
アンよ! アン・ハルフォード! 今度かかしって呼んだら、ぶん殴るから!
妖精商人
……大丈夫かね
 妖精商人の呟きに、アンは妖精を睨みながら、鼻息も荒く答える。
アン
アン
ええ! 大丈夫よ。心配しないで、おじいさん。さあ、あなたは一緒に来て

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