第5話

一章 かかしと妖精 4
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2022/08/31 09:00
 左右に小麦畑が広がる道を、馬車は進んだ。

 日が高くなる頃に、ノックスベリー村の周辺で最も大きな町、州都レジントンに到着した。

 レジントンは、円形の広場を中心にして放射状に広がる城下町だ。高台には、レジントン州を治める州公の城があり、レジントンの町を見おろしている。

 町中をゆっくりと馬車で進んでいくと、目の前に人だかりができていた。

 人だかりのために、道はふさがれている。

 肩をすくめて、御者台を降りた。こちらに背を向けている農夫の肩を、軽く叩く。
アン
アン
ねぇ、ちょっと。みんな、なにしてるの。道、ふさがってて馬車が通れないんだけど
農夫
いや……通ってもいいんだが。お嬢ちゃん。あんたあれを突っ切る勇気があるか?
アン
アン
あれって?
 農夫の脇の下を潜るようにして、アンは人々が見ているものを覗きこんだ。

 泥のぬかるみの中に、屈強な男の姿があった。背に弓をくくりつけ、腰には長剣をさげている。革のブーツをはき、毛皮のベストを着ている。狩人だろう。
妖精狩人
こいつ、この性悪め!!
 狩人は声を荒げながら、何度も何度も、泥の固まりを踏みつけている。泥の飛沫があがる。泥の固まりは踏まれるたびに、ギャッと声をあげる。

 よく見るとその泥の固まりは、人間の掌ほどの大きさで、人の形をしていた。うつぶせているその背中からは、泥をはじく半透明の薄い羽が一枚生えている。
アン
アン
あれは、妖精!? なんてひどい!
 アンが小さく悲鳴のような声をあげると、農夫がうなずく。

 妖精は、森や草原に住む人間に似た生き物だ。大きさも姿も様々で多くの種類がいるが、背中に二枚の、半透明の羽があるのが特徴だ。

 妖精には特殊な能力があり、うまく使役すれば、様々な仕事をさせることができる。

 王族や貴族、騎士たちは、目的により、たくさんの妖精を使役していると聞く。

 庶民でも中流の家庭には、家事を手伝わせる妖精が一人くらいいるものだ。

 ノックスベリー村のジョナスの家にも、掌くらいの大きさの、キャシーという名の妖精がいた。キャシーはジョナスの身の回りの世話をしたり、砂糖菓子の仕込みの手伝いをしていた。
農夫
あの妖精狩人が使役してる、労働妖精だ。自分の片羽を盗んで、逃げようとしたんだよ
 農夫は声をひそめ、妖精狩人をそっと指さした。

 妖精狩人の手には、薄い羽が握られていた。泥まみれの妖精の背にある羽と、対になっていた一枚だろう。

 妖精を使役するために、使役者は妖精の片方の羽をもぎ取り、身につける。

 羽は、妖精の生命力の源だ。羽が体から離れても、妖精は生きていられるという。だが羽が傷つけられると、衰弱して死ぬ。

 人間にたとえるならば、羽は心臓だ。誰しも心臓を鷲摑みにされていれば、恐怖におののく。心臓を握る者には、逆らえなくなる。

 だから使役者は、片方の羽をもぎ取ることで、妖精を意のままに動かせるのだ。

 しかし妖精とて、奴隷でいたいわけはない。使役者の目を盗み、自分の羽を取り戻して逃げようとする者は多い。

「いくら妖精でも、あの仕打ちはひどい」「あの妖精、死ぬぞ」と人々は囁きながらも、だれ一人動かない。

 アンはとなりの農夫や、周囲の男たちを見あげた。
アン
アン
ちょっと、みんな! あんなひどい真似、とめなくていいの!?
 しかし周囲の者は、自信なさそうに視線をそらす。

 農夫が弱々しく呟く。
農夫
可哀想だが。妖精狩人は、気性が荒い。仕返しが怖いし……それにあれは、妖精だ……
アン
アン
妖精だからって、なに!? ぐずぐずしてたら、あの子死んじゃう。いいわ、わたしが行く!
 アンは農夫を押しのけて、一歩踏み出した。