第13話

一章 かかしと妖精 12
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2022/10/26 09:00
 心地よい暗闇で、アンは夢を見ていた。

 いつもと変わらない、野宿の風景だった。

 アンは毛布にくるまり、エマは荷台に出入りして、忙しく働いている。

 目の前にエマの姿を見て、ほっと安堵した。安堵したついでに、熱いものが頰に一筋流れた。
『あらあらどうしたの、アン。どこか痛いの?』
アン
アン
違うの。いやな夢を見たの。ママが死んじゃった、いやな夢
『馬鹿ね。そんな怖い夢を見るのは、体調がよくないのね。熱をみてあげるわ』

 エマの冷たい指が、そっとアンの首に触れる。その指はほっそりしていて、常に冷たかった。溶けやすい銀砂糖を扱う時、指先を水で冷やすからだ。

 その指がたまらなく愛しく、儚く思えた。アンは思わず、冷たい指を握りしめた。
アン
アン
ママ、お願い。どこへも行かないで!
 そう叫んだ自分の声で、はっと気がついた。

 夢を見ていたのだと自覚した。しかしアンが握りしめた冷たい指は、現実だった。息がかかるほど間近に、シャルの顔があった。黒髪が、アンの頰に触れそうだった。
アン
アン
な、なに!?
 握っていた指を押し離して、跳ね起きた。

 ──これはまさか、例の高飛車サービス!?

 シャルはうっすら笑い、身を起こす。その笑みは冷ややかだ。

 どうやら、シャル提案のサービスではなさそうだと悟る。

 ──いったい、シャルはなにを……? 彼は、今、首に……。
アン
アン
今、首に……
 そこでアンは、自分の首にかけられている革紐が、襟からはみ出していることに気がついた。その革紐は、シャルの羽を入れた袋を吊り下げている革紐だ。
アン
アン
シャル。もしかして……羽を、盗もうとしたの?
シャル
シャル
もう少しだった
 悪びれることもなく、シャルは言った。
アン
アン
やっぱり、盗もうとしたの? ひどい……
シャル
シャル
なにが?
アン
アン
言ったじゃない。わたし、シャルと友達になりたいと思ってたのよ。それなのに
 アンは、シャルと友達になりたいと思っていた。それなのに。その気持ちを裏切られた気がして、哀しくなる。そのアンの目を見て、シャルはくすりと笑った。
シャル
シャル
友達になりたい? 相手の命を握っておいて、お友達か?
 その言葉に、アンははっとした。
シャル
シャル
俺は、おまえに買われた。使役される者だ。友達にはなりえない
 もしアンが自分の理想を実行しようとするならば、羽を返したうえで、友達になりたいと申しこみ、彼の協力を仰ぐ。そうしなければならないはずだ。

 しかし羽を返してしまうのは、正直怖かった。だからアンは友達になりたいと言いながら、相手の命を握りしめていた。我ながら虫がいい。そんな関係で、友達になれようはずはない。

 羽を持っている限り、アンは使役者なのだ。

 シャルは妖精ならば当然そうするように、使役者から羽を取り戻そうとしただけだ。

 裏切られたと思ったり、哀しんだりするのは、お門違い。

 油断したアンが、使役者として間抜けなだけなのだ。
アン
アン
わたしが、馬鹿なのね
 軽くため息をつく。アンは自分の気持ちを楽にするために「友達になれればいい」と考えていたにすぎない。自分の身勝手さと愚かさに、気がついた。
アン
アン
わたしは、ルイストンへ行かなくちゃならない。シャルに羽を返した上で『ルイストンまで守って』ってお願いするような、危険な賭はできない。だからあなたを使役するって心に決めたのに、どこかで甘さがあった。友達になりたいなんて、……馬鹿なことを言ってた
 アンは目を閉じて深呼吸した。そして再び目を開いた。
アン
アン
わたしがルイストンに無事に到着できるように、協力してもらえれば羽を返す。そう約束しても、信用できないから盗もうとしたの? それともいっときでも、人間に使役されるなんていやだから、盗もうとした? どっちでもいいけど、これからわたしは油断しないから、そのことは覚えてて
 無表情の妖精を見あげる。彼は何も答えない。
アン
アン
ついでに言うと、それでもわたしは約束を守る。ルイストンに到着したら、羽を返す。そしたら今度こそあなたに、友達になれるかどうか訊くわ。それまで、わたしは、あなたの使役者
 シャルはふんと鼻で笑って、背を見せた。彼の背で月光を弾く羽は、無惨にも一枚きりだ。

 夜空を見あげて、彼はうそぶく。
シャル
シャル
月が綺麗だな

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