第12話

一章 かかしと妖精 11
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2022/10/19 09:00
 宿砦は、石を積んだ高い壁を、真四角に巡らしただけの砦だ。屋根はない。門の部分には鎖で操作する、上下式の鉄扉がある。草の生い茂る内部は広く、ゆうに馬車五台が入る。

 要するに旅人は塀の中に逃げ込んで、盗賊や野獣から身を守るのだ。

 林に囲まれて建つ宿砦に、アンは馬車を乗り入れた。そして鉄の扉を閉じた。

 半年ぶりに馬車に揺られると、さすがに疲れた。早々に休むことに決めた。

 御者台の下に押しこんである、なめし革の敷物と毛布を二人分取り出す。一つは自分用に、馬車の脇に敷いた。そしてもう一組は、シャルに渡した。
アン
アン
あなたの寝る場所、自分で選んで。それを敷いて寝てね。それに夕食はこれよ。少なくて申し訳ないけど、旅で贅沢できないから
 さらに葡萄酒を満たした木のカップと林檎を一個、シャルに渡す。

 夕食は旅の先々を考えて、倹約した。

 アンは毛布にくるまると、林檎を齧り、あっという間に平らげた。芯を遠くへ放りながら、葡萄酒を一気にあおった。冷たい苦みが胃の中に落ちると、すぐに熱に変わる。少し耳が熱くなったのを感じながら、敷物の上に丸まった。

 シャルはアンから少し離れた場所に敷物を敷き、膝に毛布を掛けて座っていた。手には葡萄酒のカップを持ち、月を見ている。

 今夜は満月だった。月光が、シャルの顔を照らしていた。

 月光で洗われた妖精は、さらに端麗さが磨かれていた。露に濡れる、宝石の艶やかさだ。

 背にある羽も、透けた穏やかな薄緑色に光る。

 シャルの背にある羽は、もぎ取られたものと違って、彼の気分によっても色や輝きが微妙に変化しているように見える。

 妖精の背にある羽は、温かいのだろうか。冷たいのだろうか。

 無性に触れてみたくなった。
アン
アン
妖精の羽って、綺麗ね。触っていい?
 訊きながら、手を伸ばしかけた。するとシャルの羽が震えてビリビリっとわずかに鳴り、続けてばたばたっと二、三度草の上を叩いた。

 はっと手を引くと、シャルの鋭い目がこちらを見ていた。
シャル
シャル
触れるな。おまえの手にあるもの以外は、俺のものだ
 その冷たい怒りに、アンは自分が、彼の羽を握っていることを思い出す。そして羽は妖精にとって、命に等しい大切なものだということも思い出す。
アン
アン
ごめん。わたし、軽率だったね
 素直に謝り、シャルの横顔を見ながら、胸の前に下げられている革袋の紐を握った。

 妖精にとって、羽は命の源。人間にとっての、心臓と同じ。他人の心臓を握り、命令をきかなければ心臓を握りつぶすと脅す。

 アンがやっていることは、そういうことだ。妖精から見れば、悪魔の所業だろう。

 そっとため息をつく。

 ──こんなこと、やだな。

 こんな真似をしないで、シャルにお願いを聞いてもらえないだろうか。

 例えばもし、彼と友達になれれば? そうすれば、彼を使役する必要はない。彼にお願いして、納得してもらい、彼女の望みのために協力してもらえるだろう。
アン
アン
ねぇ、シャル。提案なんだけど
 アンは少し頭を起こした。
アン
アン
昼間も言ったけど、わたしたち、友達になってみない?
シャル
シャル
馬鹿か
 切って捨てるように答えると、シャルは顔を背けた。

 アンはがっかりして、頭を毛布につける。

 ──すぐには、無理かもね。でも誠意を持って接してれば、いつかわかってくれるような気もするし。それにしても、何を考えて月なんか見てるんだろう? 綺麗な目をしてる……。

 瞼が重くなり、アンはうとうと眠りはじめた。

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