第4話

一章 かかしと妖精 3
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2022/08/24 09:00
 砂糖菓子職人は、ハイランド王国の至る所にいる。しかし王家が最高の砂糖菓子職人と認めた銀砂糖師は、ハイランド国内にごくわずかしか存在しない。

 エマは二十歳の時に銀砂糖師になった。

 銀砂糖師の作る砂糖菓子は、普通の砂糖菓子職人が作ったものとは、比べものにならない高値で売れる。だが田舎の村や町に留まっていては、高価な砂糖菓子は頻繁に売れない。

 王都ルイストンであれば、たくさんの需要がある。だが王都には有名な銀砂糖師が集まっているから、彼らとの競争に勝ち抜くのは大変だ。

 そこでエマは砂糖菓子を必要とする客を求めて、王国中旅をすることを選んだ。

 逞しくて底抜けに明るいエマが、好きだった。

 旅は過酷で危険だったが、自分で稼ぎ、自分の足で歩いている手応えがあった。楽しかった。

 ──ママみたいな銀砂糖師になれれば、素敵。

 昔から、ぼんやりそう思っていた。エマが死に、今後の自分の生き方を決めなくてはならなくなったとき、母親への思慕と尊敬が、決意となってアンの胸の中に芽吹いた。

 ──わたしは、銀砂糖師になる。

 しかし銀砂糖師になるのは、並大抵のことではない。それもよく知っていた。

 毎年ルイストンでは、王家が砂糖菓子品評会を主催する。銀砂糖師になるためには、その品評会に参加し、最高位の王家勲章を勝ち取る必要がある。

 エマは二十歳の時その品評会に参加し、王家勲章を授与された。そして銀砂糖師と名乗ることを許された。

 砂糖菓子は、砂糖林檎から精製される銀砂糖で作られる。銀砂糖以外の砂糖で、砂糖菓子を作ることはない。銀砂糖以上に、砂糖菓子が美しいできばえになる砂糖は存在しないからだ。

 砂糖菓子は、結婚や葬儀、戴冠、成人と、様々な儀式で使われる。

 砂糖菓子がなければ、全ての儀式は始まらないとまで言われる。

 銀砂糖は、幸福を招き、不幸を祓う。甘き幸福の約束と呼ばれる、聖なる食べ物。

 ハイランドが、まだ妖精に支配されていた時代。妖精たちは銀砂糖を使って作られた砂糖菓子を摂取することで、寿命を延ばしたと伝えられている。

 銀砂糖で作られた美しい砂糖菓子には『形』という、神秘のエネルギーが宿るというのだ。

 人間が銀砂糖や砂糖菓子を食べても、もちろん、寿命が延びることはない。

 しかし妖精の寿命を延ばす神秘の力を、人間も、受け取ることができるらしかった。

 実際、美しい砂糖菓子を手に入れ食せば、度々、時ならぬ幸運が舞いこむのだ。間違いなく、幸運がやってくる確率があがる。

 それは人間が数百年かけ、経験から理解した事実だった。

 王国が銀砂糖師という厳格な資格を規定したのも、そんな事実があるからこそ。

 王侯貴族たちは、最も神聖で美しい砂糖菓子を手に入れ、自分たちに強大な幸福を呼びこみたいのだ。国の安寧を祈る秋の大祭のおりには、砂糖菓子の出来不出来で、国の行く先の吉凶が決まるとさえ言われる。

 今年も例年どおり、秋の終わりに、ルイストンで品評会が開催される。

 アンはそれに参加するつもりだった。

 毎年たった一人にしか許されない、銀砂糖師の称号だ。

 現在国内にいる銀砂糖師は、エマが亡くなり二十三人だと聞いている。

 簡単になれるものではない。

 だが自信はあった。だてに十五年、銀砂糖師の仕事を手伝ってないつもりだ。