第8話

一章 かかしと妖精 7
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2022/09/21 09:00
アン
アン
し…し、失礼な……花盛りの、年頃の女の子に向かって
 妖精の独り言に、アンは握り拳を固めた。
妖精
妖精
盛りも、たかがしれてる
 そっぽをむきながらも、妖精がずけっと言った。
アン
アン
なんて言いぐさ──!?
 その失礼な妖精を売っているのは、妖精商人の老人だ。テントの横でたばこを吹かしていた。

 アンが眉を吊りあげているのを見ると、妖精商人は、やれやれといったふうに口を開いた。
妖精商人
悪いね、お嬢ちゃん。うちの商品は、口が悪い。通りがかりの人間に、だれかれかまわず悪態をつくんだ。気にせず、行ってくれ
アン
アン
気にするわよ! 余計なお世話かもしれないけど、こんなに口が悪くちゃ、愛玩妖精としては売れないわよ、きっと! 売るのを諦めて、逃がしてあげたら!?
妖精商人
こいつは愛玩妖精じゃねぇよ。戦士妖精だ
 アンは目を丸くした。これが教えられた、戦士妖精を売るテントだったらしい。

 だが信じられなかった。
アン
アン
戦士妖精!? 噓でしょう? どうみても、愛玩妖精として売られるほうが妥当だわ。わたし、戦士妖精を見たことあるけど。ものすごく大きくて、岩みたいにごつかった
妖精商人
これも戦士妖精さ。こいつを狩るのに、妖精狩人が三人も死んだってほどの、逸品だ
 不審もあらわな表情で、アンは腕組みした。
アン
アン
さっきのおじさんが、不良品だって言ったわけよね。戦士妖精って言うけど、実は口の悪い愛玩妖精を売るために、戦士妖精だって言い張ってるだけじゃないの?
妖精商人
妖精商人は信用が第一だ。噓はつかねぇ
 アンは、妖精に視線を戻した。
 妖精は再び、アンを見ていた。なにが面白いのか、薄笑いを浮かべている。

 不敵な表情だ。確かに、おとなしい妖精には見えない。なにかやらかしそうな雰囲気はあるが、だからといって戦士妖精として役に立つほど、強そうにも見えない。
アン
アン
わたし、戦士妖精が欲しいんだけど……この人以外、いないの?
 訊くと、妖精商人は首をふった。
妖精商人
戦士妖精は、扱いがむずかしい。一度に一匹しか扱えないさ。わしが売っているのは、こいつだけ。ついでに言うと、この妖精市場で戦士妖精を売ってるのは、わしだけだ。六十キャロン北のリボンプールに行けば、戦士妖精を売ってる妖精商人が、もう一人いるがね
アン
アン
リボンプールまで遠回りしてたら、品評会に間に合わない
 親指の爪を嚙んで、アンは唸った。
妖精
妖精
こら。かかし
 ふいに、妖精が口を開いた。アンはキッと妖精を睨んだ。
アン
アン
かかしって、この、花も恥じらう十五の乙女。ワタクシのことかしら!?
妖精
妖精
おまえ以外に、誰がいる。ぐずぐず迷うな。俺を買え
 一瞬、アンはぽかんとした。
アン
アン
……買えって……め、命令……?
 妖精商人も驚いた表情をしたあとに、腹を抱えて笑いだした。
妖精商人
こりゃ、いい! こいつが自分を買えなんぞと言ったのは、はじめて聞いた。このお嬢ちゃんに一目惚れでもしたか? どうだい、お嬢ちゃん。こりゃあ買うしかねぇだろう。大特価で百クレスだ。この口の悪ささえなけりゃ、愛玩妖精として売りたいくらいだからな。愛玩妖精なら三百クレス出しても、欲しいって奴はいるはずだ
アン
アン
口が悪くなけりゃの話でしょ~
 しかし妖精商人が提示した金額は、確かに安かった。戦士妖精や愛玩妖精は数が少ないので、高価なのだ。百クレスは金貨一枚。それで戦士妖精が買えるのは、破格の安値だ。
アン
アン
ねぇ、あなた。自分から買えって言うからには、戦士妖精として自信があるの?
 訊くと、妖精はちらりと目を光らせてアンを見あげた。
妖精
妖精
俺に、なにをさせたい
アン
アン
護衛よ。わたしはこれから、一人でルイストンへ行くの。その道中を守って欲しいの
 妖精は、自信ありげに微笑する。
妖精
妖精
わけない。ついでにサービスで、キスくらいしてやってもいい
アン
アン
そんな高飛車なサービス、いらないわよ! しかも大切なファーストキスを、サービスなんかで奪われたら、たまったもんじゃない
妖精
妖精
お子様だな
アン
アン
悪かったわね! お子様で!
 できるならば、もっと真面目でおとなしそうな戦士妖精がいいに決まっていた。しかし、リボンプールまで遠回りしている時間はない。アンは決断した。

 ──仕方ない!! 多少、口が悪くたって、贅沢言ってられない。

 ドレスのポケットに突っ込んであった、麻袋を取り出す。その口を開き、銅貨の中に紛れた唯一の金貨を握る。
アン
アン
おじいさん。この妖精、買うわ