妖精狩人は、森や野原で妖精を狩り、妖精商人に売る。妖精商人はその商品となる妖精の片羽をもぎ取り、適当な値段をつけ、妖精市場で売りさばく。
王都ルイストンへ向かうつもりならば、レジントンを経由すると少し遠回りになる。にもかかわらずこの町に立ち寄ったのは、この町の市場に、妖精市場が併設されていると知っていたからだ。
アンは近くのテントに近寄ると、妖精商人に声をかけた。
すると妖精商人は首をふった。
礼を言うと、歩き出す。
妖精商人は妖精を、その能力や容姿によって売り分ける。
大半の妖精は労働力として、労働妖精と称して売る。
外見が美しいもの珍しいものは、観賞用として、愛玩妖精と称して売る。
特に凶暴なものは、護衛や用心棒に使えるので、戦士妖精と称して売る。
アンは戦士妖精を買うために、妖精市場に来たのだ。
これからアンは砂糖菓子品評会に参加するために、ルイストンへ行く。
ノックスベリー村やレジントンがある王国西部から、ルイストンへ続く街道は、ブラディ街道と呼ばれる。危険な街道だ。街道沿いには荒れ地が続き、宿場町や村が存在しない。土地が貧しいために、食い詰めたすえに盗賊となる輩も多く、また野獣も多い。
エマとて、旅を続ける道中には避けて通った街道だ。
南に迂回して、安全な街道を選んでルイストンに向かう方法もある。
しかしそれでは、今年の品評会には間に合わない。
アンはどうしても、今年の品評会に間に合いたかった。それはひどく感傷的な理由からだった。自分でもわかっていた。けれど、その感傷的な理由にすがり、なにか目の前に目標をかかげていなければ、足もとがぐらつきそうだった。
──絶対今年、銀砂糖師になる。わたしは、決めたんだから。
ぐっと視線をあげる。
ブラディ街道を行くには、護衛が必要だ。
けれど残念ながら、信頼できる護衛はなかなか見つからないものだ。
そうなると選択肢は、戦士妖精しかない。妖精は、羽を持っている主人に逆らえない。護衛としては、最も信頼できる。
今年、銀砂糖師になりたいという大きな望み。そのためにアンは、「妖精を使役しない」という信条を曲げようとしていた。
教えられた辺りに来ると立ち止まり、ぐるりと見回す。
どこのテントで、戦士妖精が売られているのだろうか。
左のテントには、掌大の妖精が、籠に入れられて吊り下げられている。労働妖精として売られているのだろう。
右のテントには、小麦の粒のように小さな可愛らしい妖精が、ガラス瓶に入れられて、卓の上にいる。あの大きさでは労働力にはなるまいから、愛玩妖精だろう。子供が玩具にして遊ぶために売られているのだ。
そして正面の、つきあたりにあるテント。そのテントの売り物は、妖精一人だけだった。
テントの下になめし革の敷物が敷かれ、妖精がその上に片膝をたてて座っている。足首に鎖が巻かれ、地面に打ち込んだ鉄の杭に繫がれている。
その妖精は、アンよりも頭二つ分ほど上背がありそうな、青年の姿だ。
黒のブーツとズボンをはき、柔らかな上衣を着ている。黒で統一された装いは、妖精商人が、商品価値を高めるために着せたものだろう。妖精の容姿が際だつ。
黒い瞳に、黒い髪。鋭い雰囲気がある。陽の光にさらされたことがないようにすら見える白い肌は、妖精の特徴だ。
その背に、半透明の柔らかな羽が一枚ある。まるでベールのように、敷物の上に伸びている。
綺麗な容姿をした妖精だった。そこはかとなく、品も感じられる。
これは愛玩妖精に違いない。貴族のご婦人が、観賞用に高値で買い求めそうだ。
さらりと額にかかる前髪の下で、妖精は目を伏せている。睫に、午後のけだるい光が躍る。
その姿を目にしただけで、背がぞくりとするような、快感めいたものすら感じた。
──綺麗なんてものじゃない……。
その長い睫に引き寄せられて見つめていると、ふと妖精が顔をあげた。
目があった。妖精は、アンをまっすぐ見つめた。
何か考えるように、妖精はしばらく眉根を寄せていた。が、すぐに納得したように、呟いた。
そして興味をなくしたように、ふいと、アンから視線をそらした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!