第7話

一章 かかしと妖精 6
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2022/09/14 09:00
 妖精狩人は、森や野原で妖精を狩り、妖精商人に売る。妖精商人はその商品となる妖精の片羽をもぎ取り、適当な値段をつけ、妖精市場で売りさばく。

 王都ルイストンへ向かうつもりならば、レジントンを経由すると少し遠回りになる。にもかかわらずこの町に立ち寄ったのは、この町の市場に、妖精市場が併設されていると知っていたからだ。

 アンは近くのテントに近寄ると、妖精商人に声をかけた。
アン
アン
ねぇ。戦士妖精は、売っていないの?
 すると妖精商人は首をふった。
妖精商人
うちは扱ってねぇよ。そんな危なっかしいもの
アン
アン
じゃあこの市場で、戦士妖精を扱っている人を知らない?
妖精商人
一軒だけあるぜ。あっちの壁際のテントにいるじいさんが、扱ってるけどな。やめときなお嬢ちゃん。ありゃ、不良品だ
アン
アン
そうなの? まあ、とりあえず行ってみる。ありがとう
 礼を言うと、歩き出す。

 妖精商人は妖精を、その能力や容姿によって売り分ける。

 大半の妖精は労働力として、労働妖精と称して売る。

 外見が美しいもの珍しいものは、観賞用として、愛玩妖精と称して売る。

 特に凶暴なものは、護衛や用心棒に使えるので、戦士妖精と称して売る。

 アンは戦士妖精を買うために、妖精市場に来たのだ。

 これからアンは砂糖菓子品評会に参加するために、ルイストンへ行く。

 ノックスベリー村やレジントンがある王国西部から、ルイストンへ続く街道は、ブラディ街道と呼ばれる。危険な街道だ。街道沿いには荒れ地が続き、宿場町や村が存在しない。土地が貧しいために、食い詰めたすえに盗賊となる輩も多く、また野獣も多い。

 エマとて、旅を続ける道中には避けて通った街道だ。

 南に迂回して、安全な街道を選んでルイストンに向かう方法もある。

 しかしそれでは、今年の品評会には間に合わない。

 アンはどうしても、今年の品評会に間に合いたかった。それはひどく感傷的な理由からだった。自分でもわかっていた。けれど、その感傷的な理由にすがり、なにか目の前に目標をかかげていなければ、足もとがぐらつきそうだった。

 ──絶対今年、銀砂糖師になる。わたしは、決めたんだから。

 ぐっと視線をあげる。

 ブラディ街道を行くには、護衛が必要だ。

 けれど残念ながら、信頼できる護衛はなかなか見つからないものだ。

 そうなると選択肢は、戦士妖精しかない。妖精は、羽を持っている主人に逆らえない。護衛としては、最も信頼できる。

 今年、銀砂糖師になりたいという大きな望み。そのためにアンは、「妖精を使役しない」という信条を曲げようとしていた。

 教えられた辺りに来ると立ち止まり、ぐるりと見回す。

 どこのテントで、戦士妖精が売られているのだろうか。

 左のテントには、掌大の妖精が、籠に入れられて吊り下げられている。労働妖精として売られているのだろう。

 右のテントには、小麦の粒のように小さな可愛らしい妖精が、ガラス瓶に入れられて、卓の上にいる。あの大きさでは労働力にはなるまいから、愛玩妖精だろう。子供が玩具にして遊ぶために売られているのだ。

 そして正面の、つきあたりにあるテント。そのテントの売り物は、妖精一人だけだった。

 テントの下になめし革の敷物が敷かれ、妖精がその上に片膝をたてて座っている。足首に鎖が巻かれ、地面に打ち込んだ鉄の杭に繫がれている。

 その妖精は、アンよりも頭二つ分ほど上背がありそうな、青年の姿だ。

 黒のブーツとズボンをはき、柔らかな上衣を着ている。黒で統一された装いは、妖精商人が、商品価値を高めるために着せたものだろう。妖精の容姿が際だつ。

 黒い瞳に、黒い髪。鋭い雰囲気がある。陽の光にさらされたことがないようにすら見える白い肌は、妖精の特徴だ。

 その背に、半透明の柔らかな羽が一枚ある。まるでベールのように、敷物の上に伸びている。

 綺麗な容姿をした妖精だった。そこはかとなく、品も感じられる。

 これは愛玩妖精に違いない。貴族のご婦人が、観賞用に高値で買い求めそうだ。

 さらりと額にかかる前髪の下で、妖精は目を伏せている。睫に、午後のけだるい光が躍る。

 その姿を目にしただけで、背がぞくりとするような、快感めいたものすら感じた。

 ──綺麗なんてものじゃない……。

 その長い睫に引き寄せられて見つめていると、ふと妖精が顔をあげた。

 目があった。妖精は、アンをまっすぐ見つめた。

 何か考えるように、妖精はしばらく眉根を寄せていた。が、すぐに納得したように、呟いた。
妖精
妖精
見覚えがあると思ったら、かかしに似てるのか
 そして興味をなくしたように、ふいと、アンから視線をそらした。

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