第1話
兄弟
ーその日の江戸の夜は恐ろしく静かであった。
神社の境内へ続く石段をずっと登った先にある大きな赤い鳥居に座って、その双子の兄弟は夜風にあたって涼しんでいた。
見下ろした先に見えるのは、華やかな花街・吉原。
酒癖の悪い客が芸妓にうざ絡みしているのを見て、一人の男は嘲笑う。
弟の圷だ。
同情するのは、兄の李柏。
圷は呆れたように吉原の風景を見下ろしながら呟く。
どこか切なげに圷は少し目を細めた。
圷は付けていた狐面をそっと額に上げ、悪戯な笑みを見せた。
そう。
圷と李柏は、四人兄弟だった。
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圷と李柏は双子であるが、その上に兄、2人の下に妹がいた。父は李柏たちが5歳の頃に、風邪を拗らせ病で亡くなった。
母は女手一つで4人を大切に育てていた。
長男の弼は家庭を助けるため、毎日町に降りて藁靴売りをしていた。
ーしかし、まだ圷と李柏が9つの頃。
戦で家の近辺が炎に包まれた。
ガラガラッッ!!
燃えた建物の一部と見られる大きな木が兄弟目掛けて倒れてきた。
圷は李柏に飛びついて寸前のところで交わした。
しかしー
母との間に木が倒れてきた為、母はこちらに渡れなくなってしまった。
母はまだ赤子だった燕を必死に抱えて言った。
だが、圷は何処と無く感じたのだった。
ーもう二度と会えないような予感が。
李柏も、圷と同じ嫌な予感がしていた。
胸の中がざわざわしていた。とても怖かった。
しかし、覚悟を決めて圷の手首を引っ張った。
圷は泣きそうになるのを我慢して、李柏の手をぎゅっと強く握った。そして懸命に走った。
妹の燕は大きな声で泣き続けた。
泣き声を耳にしながら、後ろを振り返ることなくひたすら走った。
どれだけ走っただろう。
気づけばそこは裏山の頂上に来ていた。
そこでは町が一面に見渡せる場所だったが、そこで目にした光景はあまりに衝撃的だった。
至る所で家事が起こっていた。火の海を見ているようだった。道端で倒れている人、懸命に逃げている人、声を上げて泣いている人、部下に命令を出す武士。
圷のその声は震えていた。
そして、戦が終わってから間もなく、兄弟のもとに文が届いた。
ー母の死を知らせるものだった。
妹の燕と兄の弼は身元不明のまま。
しかし、母が死んだということは、あの日母と共にいた赤子だった妹も恐らく死んだのだと兄弟は考えた。
残された家族はだだ1人、兄の弼。
弼に会うため、兄弟は16になった今も探し続けているのである。
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ぐっと拳を握りしめそう呟いた。