その日の放課後。
部活は試合に向けての練習へと変わった。
ネットの向こうを見てみると、柚稀が紙を一人一人に配っている。
そう言い、柚稀はピースを見せる。
柚稀の信頼度は既にかなり高かった。
昨日の練習で全員に勝ったことで、部員は自分よりも上の人に習うっていう考えを持ったのだろう。
決め手に今日の32人分のメニュー。
信頼度を上げるには十分すぎる程だ。
そう私は小さく呟いた。
あの下剋上を果たした時の快感。
裏を見つけれなかった琉依と柚稀を落とせなかった時のあの微かな悔しさ。
そして、最後の最後で失敗した時の屈辱。
同じ学校で同じクラスだった柚稀を見ているだけであのときのいろんな感覚が蘇る。
きっと私は柚稀に嫉妬しているんだろう。
失敗して学校にいられなくなって転校した私。
それに比べて、幼い頃遊んでいた友達からのバスケ部マネージャー勧誘で転校した柚稀。
現に今も楽しそうにしている。
そんな柚稀が憎たらしい。
私が嫉妬するには十分な理由になった。
……柚稀を落としたい…。
あの私より上の人間が下に落ちたときの快感が今も忘れることが出来ない。
あんな風に柚稀がなったら私はどれだけ心が軽くなるのだろう。
沙月の顔を思い出すだけで笑いそうになる。
勿論あるよ。
もう1回、下剋上したらどれだけ楽しいかを考えるのがもう楽しいんだもん。
やめられない。
この気持ちを止められない。
やってやる。
もう一度、女王の座を奪ってやる。
部活中、嫉妬から生まれた欲が私を支配し、再び下剋上をすることを私は決めた…。
練習が終わり、帰ろうとした時…
1人で帰ろうとしていた私を引き止めたのは、同じバスケ部で同じグループの怜央だった。
何故か誘われた私はそのまま怜央と歩き出した。
2人無言で歩いていると…
え?ちょっと待って?今、"桃香"って言った…?
一瞬で私はパニック状態に陥り、固まる。
口から私の掠れた声が漏れる。
どうして?何で怜央が私の名前を知ってるの?
一回も前の名前は、桐山桃香とは口にしていない。
だから、今の私の周りで本当の名前を知っているのは柚稀くらいだ。
でも、見ている限りじゃ柚稀は私の名前を口にしていない。
頭の中で自分への質問が続く。
そのまま立ち止まっていると、私達の後ろから…
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!