図書館の中、色々な週刊誌やバスケ雑誌を机に広げて私は頭を悩ませていた。
何処かで見たことあるような気がする。
と言って、私の知り合いに柚稀ちゃんはいない。
絶対に昔から知ってるはず…
そうでないとここまでの違和感はない…
柚稀ちゃんと一緒に載っている倉科拓哉君と燎颯斗君の名前。
この2人の名前も聞き覚えがあった。
ぱっと顔を上げるとそこには何処かで見たことあるような無いようなって感じの男子。
中性的な顔立ちと少し長めの髪から何処か女性的な印象を受ける。
リュウキと名乗った男子は絵本や小さい子向けの学習本を何冊も抱えて、安定した微笑みを向ける。
そんなのどうでもいい。
姫華…いや、“アイツ”は偽善者だし。
…………………ちょっと待て。
ガタンっ!!と座っていた椅子を倒しながら私は何故か立ち上がって後ろに数歩引いていた。
何…今の潰されるような重圧…
この人、何で姫華の名前を知ってるの……?
あいつは小学校卒業と同時に名前は変えたって…
机の上に大量の絵本を置くと、向かいの席にリュウキ君が座る。
私は立ったままで動けなかった。
圧をかけるように言われ、私は戸惑いどうすればいいのかも分からず結局言われた通りに椅子を戻して座った。
なんだ、じゃなくて“だよ”。
それじゃあまるで私が柚稀ちゃんの小学校時代を知っているように聞こえる。
意味が分からない。
柚稀ちゃんと君が碧座小学校にいた?
私は小学校の同学年の名前をざっと思い出すが何処にも柚稀ちゃんやリュウキ君の名前はない。
「今の錬って何が欲しいの?」
「いきなり何だよ…てか、話しかけんな。」
「ほら、なになに?」
「無視……まぁ、そうだな…“普通の生活”。」
「友達じゃなくて?」
「うっせー、余計なお世話だ。こんな目立っちゃ普通なんて訪れないからな。るーは?」
「私?私は“強い意志”かな。」
「は?お前、今以上に強くなってどうすんの。もう既に強いじゃん。」
「ううん、いつもお母さんには負ける。意志があってもそれを拒否して許してくれないんだ。だから、もっと強い意志が欲しい。」
「へぇ…せいぜい頑張れ。」
「ちょっと言い方。」
「別にいいだろ。」
「まぁね。」
リュウキ君の言葉を聞いて思い出したのは教室の窓際の席で話していた黒崎錬君と八代琉希ちゃんの会話。
黒崎君をいじめた理由はすました態度。
何をやらせてもこなす天才肌、全てを見透かすような目、そして全てにおいて完璧であっても高飛車にならない。
その年齢にそぐわない大人びた態度が嫌いだった。
姫華はめんどくさいことがあればすぐに私に押し付けて嫌がると“親友”という言葉を使う。
姫華は沙月ちゃんと繋がっているから私も私でハッキリと言い返すことが出来なかった。
そんなイライラのはけ口が黒崎君だったのだ。
琉希ちゃんはクラスの中でもどちらかと言うと女子みたいな大人数の集団に属さない。
記憶にある限りだと2人組の男子といつも喋っていたと思う。
先生にも臆せず自分の意見をハッキリと伝える。
その強過ぎるせいで嫌う人が多かった。
姫華も沙月ちゃんも琉希ちゃんとはあまり関わりたくないって感じだったし…
嫌われようがいじめられようが琉希ちゃんは全てを覚悟の上で黒崎君の傍にい続けた。
そのうち、黒崎君が琉希ちゃんに心を許したのか何も言わなくなった。
いつも2人で帰ってたり2人で話している姿は友達に見えて家族のようにも私には見えた。
リュウキ君がサラッと言った言葉を聞いた途端に私は背筋を凍らす。
今度は殺人予告。
どうしてこんなにポンポンと私に言ったらいけないようなことを言うのか分からない。
小学校の時、黒崎君が笑っている姿をクラスメイトで見た人はいない。
………ただ一人の強者を除いて。
絵本の上に組んだ腕を置き、その上に頭を乗せて私に笑いかけるリュウキ君。
きっと…お母さんが女の子を欲しかったのに男の子だったからあんな感じになってたのかな…
それでちゃんとした服装したいって言ってもお母さんに怒られて意志を貫けない、みたいな…
想像でしかないけど、本当に有り得そうなシチュエーションに私はさらに申し訳なくなる。
自分自身のことで悩むこともあったのに独りの彼に手を差し伸べて、最後は追い詰められて絶とうとしたんだから。
気付いたら私はそう口にしていた。
別に言おうと思って言ったんじゃない。
無意識に出た言葉。
リュウキ君は少し目を見開いてかなり驚いたように私を見ていた。
確かにあの柚稀ちゃんならやりかねない。
リュウキ君が前髪をかきあげる。
その額には痛々しい傷跡が残っていた。
昔の思い出話のようにリュウキ君は笑う。
私はそこで改めて琉希ちゃんは強者だと思った。
絵本コーナーからやって来た瓜二つな女の子と男の子がさらに絵本を机の上の山に重ねる。
呆れた表情を見せるリュウキ君。
重いのは本の量を見るだけでわかる事だった。
多分、これ持つのリュウキ君だよね……
そう言うと、リュウキ君は溜息をつきながらも大量の本を持ち上げると双子ちゃん達と一緒にいなくなった。
緊張の糸が切れて私は大きく息を吐いた。
これは〜…姫華がまた落ちる最高の結末かなぁ。
どうせ、千代瀬でも同じようにカーストトップを狙ってるんだろうし。
スポーツ雑誌を元の場所に戻す。
そして、私は取っていた1つの本を持って貸し出しのカウンターへと向かったのだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。