第147話

2学期 _ 図書館
1,216
2020/02/25 07:06
図書館の中、色々な週刊誌やバスケ雑誌を机に広げて私は頭を悩ませていた。
八神 紅音
空閑柚稀……
何処かで見たことあるような気がする。

と言って、私の知り合いに柚稀ちゃんはいない。


絶対に昔から知ってるはず…

そうでないとここまでの違和感はない…


柚稀ちゃんと一緒に載っている倉科拓哉君と燎颯斗君の名前。

この2人の名前も聞き覚えがあった。
???
バスケ…いや、空閑柚稀に興味があるんですか?
八神 紅音
えっ?
ぱっと顔を上げるとそこには何処かで見たことあるような無いようなって感じの男子。

中性的な顔立ちと少し長めの髪から何処か女性的な印象を受ける。
八神 紅音
……。
???
初めまして。
八神 紅音
初めまして…
リュウキ
俺、リュウキって言います。千代瀬高校。
リュウキと名乗った男子は絵本や小さい子向けの学習本を何冊も抱えて、安定した微笑みを向ける。
リュウキ
柚稀とも同じクラスなんだよね。
八神 紅音
へぇ…
リュウキ
そこに載ってる拓哉と颯斗も同じだし君の親友の三室姫華も元気だよ。
そんなのどうでもいい。
姫華…いや、“アイツ”は偽善者だし。

…………………ちょっと待て。
八神 紅音
っ……!
ガタンっ!!と座っていた椅子を倒しながら私は何故か立ち上がって後ろに数歩引いていた。
何…今の潰されるような重圧…

この人、何で姫華の名前を知ってるの……?

あいつは小学校卒業と同時に名前は変えたって…
リュウキ
あ〜、おっも。
机の上に大量の絵本を置くと、向かいの席にリュウキ君が座る。

私は立ったままで動けなかった。
リュウキ
……何してんの?柚稀のこと知りたいんでしょ?八神紅音。
八神 紅音
それよりもな ────
リュウキ
いいから座りなよ。
圧をかけるように言われ、私は戸惑いどうすればいいのかも分からず結局言われた通りに椅子を戻して座った。
八代 琉希
柚稀は偽り物なんだ。
八神 紅音
偽り物?
リュウキ
そう、本名は柚稀だけど本当の中身はあんなのじゃない。君が高校で見てたのは偽物に過ぎない。昔…小学校の頃が本物だよ。
なんだ、じゃなくて“だよ”。

それじゃあまるで私が柚稀ちゃんの小学校時代を知っているように聞こえる。
八神 紅音
私の小学校に確か柚稀ちゃんはいないけど…
リュウキ
えー、いたよ。柚稀も俺も。
八神 紅音
え?
意味が分からない。

柚稀ちゃんと君が碧座小学校にいた?


私は小学校の同学年の名前をざっと思い出すが何処にも柚稀ちゃんやリュウキ君の名前はない。
八神 紅音
いや、そんなはずは…
リュウキ
まぁ分からなくてもしょうがないよ。俺も柚稀も変わったんだから。
八神 紅音
変わった?
リュウキ
柚稀は平穏で普通の生活を求めて、俺は自分の意志を貫きたくて変わった。
八神 紅音
普通の生活…意志……
「今の錬って何が欲しいの?」

「いきなり何だよ…てか、話しかけんな。」

「ほら、なになに?」

「無視……まぁ、そうだな…“普通の生活”。」

「友達じゃなくて?」

「うっせー、余計なお世話だ。こんな目立っちゃ普通なんて訪れないからな。るーは?」

「私?私は“強い意志”かな。」

「は?お前、今以上に強くなってどうすんの。もう既に強いじゃん。」

「ううん、いつもお母さんには負ける。意志があってもそれを拒否して許してくれないんだ。だから、もっと強い意志が欲しい。」

「へぇ…せいぜい頑張れ。」

「ちょっと言い方。」

「別にいいだろ。」

「まぁね。」
リュウキ君の言葉を聞いて思い出したのは教室の窓際の席で話していた黒崎錬君と八代琉希るきちゃんの会話。
八神 紅音
…何かその言葉、懐かしい。
リュウキ
どういうこと?
八神 紅音
私は…姫華の都合のいい“親友”でしか無かった。自分のことを押し付けてきてもう関わらないって言ったらいつも「私達“親友”でしょ?」って言われたんだ。
黒崎君をいじめた理由はすました態度。

何をやらせてもこなす天才肌、全てを見透かすような目、そして全てにおいて完璧であっても高飛車にならない。

その年齢にそぐわない大人びた態度が嫌いだった。


姫華はめんどくさいことがあればすぐに私に押し付けて嫌がると“親友”という言葉を使う。

姫華は沙月ちゃんと繋がっているから私も私でハッキリと言い返すことが出来なかった。

そんなイライラのはけ口が黒崎君だったのだ。
八神 紅音
その黒崎君をいじめたのはただの八つ当たり…でも、彼は何一つ言い返さないでずっと受けていた。独りの黒崎君を見てたら、私はパシられるけど独りじゃないしいじめられないだけマシ、そう思った。
リュウキ
へー、いじめられたくないからいじめたんだ。
八神 紅音
そうだよ…でも、そこに現れたのが琉希ちゃんだった。
琉希ちゃんはクラスの中でもどちらかと言うと女子みたいな大人数の集団に属さない。
記憶にある限りだと2人組の男子といつも喋っていたと思う。

先生にも臆せず自分の意見をハッキリと伝える。
その強過ぎるせいで嫌う人が多かった。

姫華も沙月ちゃんも琉希ちゃんとはあまり関わりたくないって感じだったし…
八神 紅音
話しかけるなっていう独りの黒崎君にずっと話しかけていつも傍にいた。
嫌われようがいじめられようが琉希ちゃんは全てを覚悟の上で黒崎君の傍にい続けた。

そのうち、黒崎君が琉希ちゃんに心を許したのか何も言わなくなった。

いつも2人で帰ってたり2人で話している姿は友達に見えて家族のようにも私には見えた。
八神 紅音
…多分、羨ましかったのかな。私と姫華みたいに言葉にしないと友達って認識することが出来ない仲じゃなくて、口にしなくても通じるような2人が。
リュウキ
そっかそっか…そのいじめたことって今の君は反省してるの?
八神 紅音
してるよ。彼も彼女も悪くないし、私にももう友達は出来たから。ただの八つ当たりで琉希ちゃんをあそこまで追い詰めたことは凄い申し訳ないし、黒崎君にも申し訳ないって思ってる。
リュウキ
なら、良かった。
八神 紅音
何が?
リュウキ
君を“殺す”必要が無くなったから。
リュウキ君がサラッと言った言葉を聞いた途端に私は背筋を凍らす。
リュウキ
ほんと反省してなかったら八神のこと殺さないとだからさ。まぁ、峰本はもう死んだけど。
八神 紅音
ま、まさか君が?
リュウキ
そーゆーこと。俺が殺った。反省せずに自分がいじめられてたっていう感じに記憶を塗り替えてる三室も殺るつもりだよ。
今度は殺人予告。

どうしてこんなにポンポンと私に言ったらいけないようなことを言うのか分からない。
リュウキ
大変だよ、柚稀も。本人だってバレないようにわざわざカラコン買って性格まで変えてるんだから。
八神 紅音
本人?柚稀ちゃんが黒崎君なの…?
リュウキ
俺の予想だけどね。拓哉達に見せる笑顔がたまに昔の錬に見える。
小学校の時、黒崎君が笑っている姿をクラスメイトで見た人はいない。

………ただ一人の強者を除いて。
八神 紅音
嘘…もしかして君が琉希ちゃん?
リュウキ
もしそうだとしたらどうする?
絵本の上に組んだ腕を置き、その上に頭を乗せて私に笑いかけるリュウキ君。


きっと…お母さんが女の子を欲しかったのに男の子だったからあんな感じになってたのかな…

それでちゃんとした服装したいって言ってもお母さんに怒られて意志を貫けない、みたいな…


想像でしかないけど、本当に有り得そうなシチュエーションに私はさらに申し訳なくなる。

自分自身のことで悩むこともあったのに独りの彼に手を差し伸べて、最後は追い詰められて絶とうとしたんだから。
八神 紅音
本当に今までごめん、ね…
気付いたら私はそう口にしていた。

別に言おうと思って言ったんじゃない。
無意識に出た言葉。

リュウキ君は少し目を見開いてかなり驚いたように私を見ていた。
リュウキ
…ちゃんと言えるじゃん。柚稀にもそのうちちゃんと言っとくよ。八神は反省してるから対象じゃないって。
八神 紅音
許してくれるの?
リュウキ
俺はね。柚稀は許さないんだろうけどそこは俺が何とかする。
八神 紅音
ありがとう…
リュウキ
もうあんなことするなよ?相手が俺でしかも奇跡的に生きてたから良かったものの俺が死んでたら柚稀、関係者全員殺しそうだし…
確かにあの柚稀ちゃんならやりかねない。
八神 紅音
怪我は…どのくらいだった?
リュウキ
あぁ、あん時?
八神 紅音
うん。
リュウキ
左腕骨折、首の骨にヒビいって、頭部強打で記憶飛びかけた。
リュウキ君が前髪をかきあげる。

その額には痛々しい傷跡が残っていた。
リュウキ
まっ、記憶はあるからいいけど。
昔の思い出話のようにリュウキ君は笑う。
八神 紅音
……。
私はそこで改めて琉希ちゃんは強者だと思った。
八神 紅音
やっぱ凄いね、琉希ちゃんは…
リュウキ
そうか?
八神 紅音
うん、凄い強い。琉希ちゃんも錬君も私の一生の憧れだよ。本当に。
女の子
リューキ!本決まった!
男の子
決まった!
絵本コーナーからやって来た瓜二つな女の子と男の子がさらに絵本を机の上の山に重ねる。
リュウキ
え、これ全部借りて読めるの?
男の子
読んでもらう。
女の子
お姉ちゃんが読むの。
リュウキ
おいおい、マジでこの量は柚稀も固まるって…
八神 紅音
その子達は?
リュウキ
柚稀の妹と弟、双子なんだ。今日は忙しいから面倒見てくれって言われたんだけどまぁこいつらと言ったら…
呆れた表情を見せるリュウキ君。

重いのは本の量を見るだけでわかる事だった。


多分、これ持つのリュウキ君だよね……
八神 紅音
お疲れ様…。
リュウキ
ありがと、俺は琉希で柚稀は錬。それだけが分かればいいよ、それじゃ。
そう言うと、リュウキ君は溜息をつきながらも大量の本を持ち上げると双子ちゃん達と一緒にいなくなった。

緊張の糸が切れて私は大きく息を吐いた。
八神 紅音
はぁぁぁ……
これは〜…姫華がまた落ちる最高の結末かなぁ。

どうせ、千代瀬でも同じようにカーストトップを狙ってるんだろうし。
八神 紅音
ほんと……馬鹿みたい、あいつ。
スポーツ雑誌を元の場所に戻す。

そして、私は取っていた1つの本を持って貸し出しのカウンターへと向かったのだった。

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